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6にしおりをはさみました!
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6
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ぼーっと夢心地のような感覚になりながら研究室へ戻る。
七海を怒らせてしまって一度はこの世の終わりのような気持ちになったが、アイツが折れてくれた。
七海は俺に触れるだけのキスを何度かして、ふわりと頬を一撫でして戻って行った。
すぐそばに人が来ていた事に気付いたのは、七海が立ち去り呆然としていたところに不審者を見るような視線が飛んできたからだ。
それで慌てて眼鏡を押し上げて研究室へ戻ってきたというわけだ。
先程のことを思い出せばまだ余韻が残る唇に身体が熱くなる。
とはいえ普段温厚なアイツを怒らせてしまったというのは、やはりどう考えても時間が合わないのが一番の原因だろう。
どの道このままではまずい。
そう思えば俺は早々に埋まりきっているスケジュール帳へ手を伸ばした。
そこから数日。
なんとか半休を手に入れて、七海と約束をする。
その日は講演会に顔を出さなければならない用事があったが、午前中で終わる予定のため午後からは空いていた。
難なく仕事を終えて、ちらっと鞄の中に用意したプレゼントを見つめる。
結局実用性を考えて神谷にもアドバイスしてもらった通り、腕時計にした。
アイツが腕時計をしている所を見たことがないのもある。
今時の若者は携帯で時間チェックをしているが、それが悪いこととは言わないがやはり腕時計の一つくらい持っていたほうがいい。
神谷から色々アドバイスされた事を参考に、最終的には自分で選んで決めた物だ。
「紺野准教授。お疲れ様でした。先日学会の方へ発表された論文、お読みしましたよ。やはり紺野先生の論文は昔から素晴らしく――」
帰り際ではあるが、他大学である同じ数学関係者に話しかけられた。
聞けば同じ分野を研究している同士であり、話し始めれば議論に花が咲いてしまう。
しばらく夢中になって話をしていて、ハッと気付いたときにはもう大分待ち合わせ時刻を過ぎた時間になっていた。
慌てて会話を切り上げる。
いけない。
やはり数学に夢中になりすぎると七海を蔑ろにしてしまう。
そんな風にしたいわけではないのに、俺は集中しだすと一つのことしか出来なくなるのか。
焦りながら携帯を取り出す。
七海からはやはり電話もメッセージも届いていて、大分前に『着きました』『何かありました?』と数件入っていた。
すぐに電話をしようと思ったが躊躇してしまう。
電話なんてしたらまたすれ違ってしまうんじゃないのか。
ただでさえこの間怒らせてしまったのに、また俺は怒らせるような事をしてしまっている。
ともかく考えている暇があるなら早く向かおうと足を動かす。
こんな時に限って電車はタイミング悪くなかなかこなくて、おまけに信号機トラブルだとかで余計に遅くなる。
待ち合わせは大学の最寄り駅から少し離れた店の前だったが、結局着いた時は元々の待ち合わせから2時間近くが過ぎていた。
全速力で走ってきたためゼイゼイと肩で息を切らせながら、青い顔で左右を見回す。
「…いない」
愕然と立ち尽くしてしまう。
さすがに呆れて帰ってしまったのか。
足先から凍りつくような感覚が這い上がり、世界が終わってしまったような錯覚が訪れる。
「いますって。どこ見てるんですか」
「――えっ」
そう言われてハッと後ろを振り向くと、七海がクツクツと笑っていた。
「みーちゃんホント集中すると周りが見えなくなりますね。俺来たら分かるように改札前にいたのに、みーちゃん猛ダッシュで俺の横すっ飛んでっちゃうんですもん」
「い、急いでたんだ。大事な用事があって…っ」
「知ってます。俺との用事ですよね」
そう言って七海はニッコリ笑ってくれる。
七海が怒ってないことに気付いて、焦っていた気持ちが一気に脱力していく。
良かった。怒っていなかった。
すれ違ってもいなかった。
ちゃんと俺を、待っててくれていた。
コクリと頷くと、くすぐったそうな笑顔を向けてくれる。
「…すまない。数学の話を振られたら止まらなくなってしまった」
「みーちゃんらしい理由で良かったです。事故ってたとかだったらどうしようかと思っちゃいました」
二時間近くも待たせたのに、全く怒ることもせず俺の心配をしてくれていたのか。
堪らなく申し訳ない気持ちが込み上げてきて、心がグズグズになっていく。
「…本当にすまなかった。お詫びに何でもお前の言うことを聞いてやるから」
「えっ、マジですか!?それはすげー助かります」
「…は?」
「良かったー。ねだったはいいけど、どうしようかなってずっと悩んでた事があったんです。後でお願いしますね」
よく分からないが、悩んでいたということは何か相談事があったんだろうか。
それとも何か必要なものがあって、お金が足りないとかそういうことだろうか。
そういえば最近七海はバイトをしていたし、ひょっとしたら欲しいものがあるのかもしれない。
プレゼントは用意していたが、七海が欲しいものがあるなら別に何でも構わない。
「分かった。言ってくれれば好きな物を買ってやる」
「ふ、なんですかそれ。子供じゃないんですから。それより早く行きましょう。時間無くなっちゃいます」
子供だろう、とは思ったが太陽のような笑顔を向けられて思考が奪われてしまった。
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