アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
第3章にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
第3章
-
身体が重い。
手も足も、鉛のように重かった。
早く、部屋に入って食品を入れなければ。
割れた卵の処理もしなければならない。
七瀬は何とか這いつくばって靴を脱いだが、
やはり足が竦み、廊下にへたり込んでしまった。
ーーーああ、…まただ。
胸を押さえ、壁に手をつく。
呼吸が浅い。
あの人が来ると、いつもこうだった。
しばらく、つかえるような圧迫感を感じて動けなくなる。
七瀬は浅い呼吸を繰り返し、発作が治まるのをひたすら待った。
『それでなくても貴方は、我が家の不安分子なのですから。』
業田の言葉が七瀬の頭に甦る。
窪んだ目、歪んだ口、黒いスーツに、骨ばった手も。
思い出して、更に苦しくなる。
ーーーわかってる、そんなことはぜんぶ、わかってる…、
だから、おれは……、
こうして一人を選んだんじゃないか。
あの家を出たんじゃないか。
なのに、どうしてまだ
抜け出せないんだろう。
どうして、強くなれないんだろう。
空気が冷たい。
夏だというのに、震えが止まらない。
七瀬は自分の弱さに吐き気を覚えながら、
座り込み、きつく目を瞑って時間をやりすごした。
「は…っは、ハァ…は…っ」
胸を押さえ、座り込んでから数十分、
七瀬の携帯が突然、鳴った。
「…っは、?」
こんな時に誰だろう。
あまり電話を掛けて来る人間などいない筈だが。
どのみち、この状態では出られる筈もないので、とりあえず、相手だけ確認してから、折り返そうと思い、携帯に手を伸ばした。
そして、浮かびあがっていた名前を見て、目を見開き、
七瀬の心臓が強く跳ね上がった。
ーーーどうして…、
[御船 徹]と表示された番号が、震える携帯の上で光っている。
急かすように小刻みに鳴り、一度、切れたがまたすぐに震えだす。
どうして、どうして。
こんな時に…。
七瀬は携帯に負けず劣らず震えている手で、
電話ボタンの上に躊躇いがちに指をかざした。
ーーーだめだ!さっき、警告されたばかりじゃないか!それに…。
関わらないと決めた。
もう二度と揺るがないと決意した筈だ。
何があっても関係ないと。
視界の中のスマホが滲む。
ーーーああ、だけど…。
御船のあの偉そうな、余裕綽々の顔を思い出す。
あの低い妖しげな声を思い出す。
傷付くだけだ。
こんな状態で…。出たりしたら、傷口に塩を送り込むようなものじゃないか。
ーーーだけど…。
呼んでほしい。
あの声で、あの温度で…。
たとえまやかしでも、あの声で自分の名前を呼んでほしい。
七瀬は胸を押さえながら、スマホの画面を押した。
「…も、しもし。」
呼吸はまだ浅い。
それでもなんとか、声を絞り出し、
高鳴る感情を抑えた。
『ああ、七瀬。
ーーーようやく出たな。
ったく、相変わらず連れねえ奴だな。
さっさと学校帰りやがって。せっかく人が家庭教師のお礼をしてやろうと思ったのによ。』
スマホの向こうから聞きなれた、
すこしおどけた傲慢な声が聞こえてくる。きっと、スマホの向こうでは、あの生意気な笑みを浮かべているに違いない。
七瀬は少し、安堵しながら、壁に背中をつけた。
胸を押さえながらも、少しだけ笑みがこぼれる。
『……七瀬?』
何も返してこない事を不審に思ったのか、
御船の声が低くなる。
「ぁ…、っは、…なんだ、よ。
きゅ、に、でんわして、きて…。めいわくな、ヤツだな。」
『七瀬…。』
御船の声が、急に切羽詰まったものに変わる。
七瀬は依然治ってくれない震えを、苛立たしく思いながら、目をつむった。
前髪を痛いほどに掴み、唇を噛む。
平常心を保たなければ。
『…どうした?七瀬。…何かあったのか?』
七瀬の喉がひゅっと鳴る。
「っく、…ない、なにも…ない。」
『七瀬。』
御船の声が怒気を含み、更に低くなった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
35 / 164