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こんな時に限って、いつもより体が重く感じた。風のように駆けつけたいのに、足が思うように動かない。
陛下に注目する人たちを掻き分け、悲鳴が上がるのも構わずに、必死で走る。
騒ぎに気付いたのか、陛下の護衛騎士がさり気に陛下を庇うように囲んだけど、姫君方やアンバー君はノーガードのままで……現われた短剣が、照明を反射して銀に光った。
刺客がそれを向けた相手は、アンバー君が連れてた姫君だ。王女殿下のイトコ姫。けど、それを疑問に思う余裕はない。対抗するための剣もない。
無我夢中で刺客に飛びつき、腕をねじって短剣を落とさせる。
カラン、と落ちた剣を、陛下の護衛が踏みつけた。遅ればせながら、「きゃあああーっ」って鋭い悲鳴が上がる。バタバタと駆け寄る足音、「陛下!」って誰かが叫ぶ声。
「ミーガン」
アンバー君の声も聞こえたけど、顔を向ける余裕はない。刺客を身動きできないよう、確保するのが精一杯だった。
仲間の騎士たちが駆けつけて来たのは、間もなくのことだ。
「ミーガン子爵、代わります」
ぽん、と肩を叩かれて、仲間3人が刺客を抑え込むのを変わってくれる。
3人に囲まれ、引っ立てられてく刺客をぼうっと見送った後、狙われた姫君の方に目を向けると、彼女は真っ青な顔をして、それでも凛と立っていた。
かなわないなって思ったのは、その時だ。
オレの知ってる令嬢方とは違う。気絶したり、泣き崩れたりしないで、1人で立つ強さを持ってる。
陛下がエスコートしてた、王女殿下の方がおろおろしてて、ぽろぽろ涙をこぼしてた。アンバー君はそんな姫君方を気遣わしげに眺め、それからオレに目を向けた。
「ミーガン、ケガはないか?」
1歩こっちに近付く彼から、同じく1歩後退る。
「オレは、これが仕事だから」
キッパリと告げ、キッパリと彼に背を向ける。
「ミーガン、よくやった」
陛下からお褒めの言葉を賜ったけど、のんびりとそれに応えてる余裕はなかった。
護衛たちに囲まれて、陛下や姫君、アンバー君たちが玉座の奥から控室へと下がってく。オレも正騎士として途中まで付き添ったけど、これ以上彼らと一緒にいたくない。
同じく会場にいたらしい騎士団長に近寄って、気付いたことだけ報告する。
「刺客は、あちらの姫君を狙ってました」
こそりと告げると、団長も「そうか」ってこそりとうなずいて、オレの肩をぽんと叩いた。
「よく気付いたな」って誉められたけど、アンバー君から目を反らした先に剣が見えただけのことで、オレが特別鋭いって訳じゃない。
「褒賞も夢じゃないぞ」
そんなことを言われたけど、決めるのは団長じゃないし。だったら、希望通り異動させて欲しい。
アンバー君のことは心配だけど、彼や彼の周りを直視できないオレは、ここにズルズルいるべきじゃない。
あの凛と立つ姫君と、並び立つだろうアンバー君を見たくない。
彼女がどうして狙われたのかは知らないし、気にならないって言ったらウソになるけど――それより、城内の安全の方が気になった。
騎士団の詰め所に顔を出し、刺客の尋問もちょっとだけ見学したけど、貴族礼服のままだとあまり長居もできない。邪魔したくないし、着替えもしたかったから、1度屋敷に戻って待機しておくことにした。
舞踏会は当然中止で、貴族諸侯たちの帰る馬車が、何台も連なって大渋滞を起こしてる。
オレは騎馬でその渋滞をよけ、いつもより細い路地を抜けながら、郊外にある屋敷へと戻った。
屋敷の中は相変わらずてんてこ舞いで、予定より早く帰ったからか、出迎えもない。
構わず廊下をずんずん歩き、執務室に向かうと、慌てたように執事が駆けつけて来て、礼服の上着を受け取ってくれた。
「申し訳ございません、若様」
出迎えがなかったことを謝られたけど、「いいよ」って首を振って、ドサッと革張りのソファに座る。
「お早いお帰りでしたね。何か問題でも?」
「うん。ちょっと騒ぎがあって」
執事の質問に曖昧に答えると、「お食事は?」って訊かれた。興奮のせいか、空腹は感じなかったけど、いつ呼び出しがあるかも分かんない。だったら、無理にでも食べた方がいいだろう。
執事と入れ違いに侍従が着替えを持って来て、促されるままそれに着替える。執務室の机の上は、アンバー君がいなくなって以来ずっと片付かないままだ。
「アンバー君……」
ぽつりと名前を呟いても、それに応じる声はない。
『ミーガン』
さっき刺客を取り押さえた後、彼に呼びかけられたのを思い出す。
聞き慣れてたハズの声なのに、なんでか深く胸にしみて、じわっと視界が涙で歪んだ。
シチューとパンとサラダだけの簡素な夕飯を終え、入浴を済ませて、執事の淹れたビミョーな味の紅茶を飲んでた頃――ドンドンと、屋敷の扉が乱暴に叩かれた。
「誰だろう?」
「見て参ります」
執事が一礼して部屋を去り、ドンドン騒がしい玄関に向かう。
屋敷の門には、うちの護衛が2人立ってるハズだから、通したってことは多分、ちゃんとした身分の人なんだろう。
もしかして、騎士団からの呼び出しかな? あの刺客に何かあった? じゃあ着替え始めた方がいい?
騎士服に着替えるべく廊下に出ると、向こうからバタバタと階段を駆け上がる音が聞こえた。
城や屋敷ならどこでも、とにかく貴族社会において、階段や廊下を駆けるのは厳禁だ。許されるのは有事の時だけで、騎士としての常識に反射的に身構える。
「何事だ?」
剣を手に、ゆっくりそっちに向かいながら声を張り上げて問いかけると、「若様」って執事の声と共に、「ミーガン!」とオレを呼ぶ声が聞こえて。
アンバー君が、ダッと廊下を駆けて来た。
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