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勤務の終わった後、陛下の執務室を緊張しながら訪ねると、そこにもやっぱりアンバー君がいた。
静かなたたずまいは、うちの家令をやってた時と同じに見えて、懐かしくてちょっと痛い。向かい合ってるこの位置に、過去との違いを見せつけられた。
アンバー君の方を見ないよう、うつむいてひざまずく。
「立て」
短く陛下に命令され、立ち上がったけど、やっぱもうアンバー君のいる方に視線を向けることはできなかった。
ホント、騎士失格だと思う。
陛下の周りに賊がいないかとか、危険が潜んでないかとか、ちゃんとよく見てなきゃいけないのに。肝心の彼の周りに目を向けられないのは、本当にダメだ。
「お前、明日からオレ付きになれ」
そんな陛下からの抜擢も、だから、断るしかできなかった。
「大変光栄ですが、私には無理です」
陛下が「何?」って不機嫌そうな声を上げたけど、断る以外の選択肢はない。
アンバー君の顔も見られなかった。
「お話が以上でしたら、失礼します」
陛下の顔だけをまっすぐ見つめ、くるっとアンバー君に背中を向ける。
「待て、説明して行け。何が無理なんだ?」
陛下の問う声が追い掛けて来たけど、アンバー君の顔を見たくないとか、正直に言えるハズもない。
無理って言ったら無理なんだって、心の中で訴える。
「ミーガン」
廊下までアンバー君が出てきてくれたけど、やっぱその顔を直視することはできなくて、オレは逃げるように立ち去った。
翌日、騎士団長に国境への異動を申し出ると、すごく驚かれた。
「国境? だがお前には、陛下から直属の近衛へと打診が来てるぞ」
それを聞いて、オレの方も驚いた。
「えっ、その話はお断りしましたけど」
もっかい確認して貰ったけど、あのスカウトはまだ取り消しになってないみたい。
命令じゃなくて打診だってとこにホッとしたけど、それは陛下御自身が、本当に信用できる人間を周りに集めたいからかも知れない。
その中の1人に選ばれたのは光栄だけど、でもやっぱり、うなずくことはできそうになかった。
「オレは……やっぱり国境、に」
けど、みんなはそれに反対みたい。逆に「何考えてんだ」って呆れられた。
「陛下は特に今、信頼できる者を集めておられると聞く。お前もいずれ、辺境侯を継ぐんだろう。だったら、断るべきじゃない」
団長の言葉に、正騎士仲間も「そうだ、そうだ」って口々に言った。
確かにオレはきっと、いつか辺境侯を継ぐだろう。辺境を治め、国防を担う一端になれば、国の中枢に数えられるのも夢じゃないし、騎士団長か軍務大臣か、そういう類の役職にもつけるだろう。
けど、それは今じゃない。
オレなんかを信頼して貰えたのは嬉しいけど、はるか未来だけを見て進めない。そのために全部を呑み込むことはできない。
「だからこそ、今はまず国境に行かせてください」
じわっと目が潤みそうになるのを必死でこらえ、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
王都から離れれば、オレ以外の誰かの手を取るアンバー君の姿を、もうこれ以上見なくて済む。
見なければ、忘れられる。
彼に対する不毛な想いも、いつか忘れられるハズだった。
異動の話は取り敢えず保留になったまま、また舞踏会の夜が来た。
陛下の目に留まるような、目立つ格好をしたくなくて、白の騎士礼服じゃなく、紺色の貴族礼服に身を包む。
この格好じゃ、腰に堂々と帯剣する訳にはいかないけど、懐には短剣もあるし、今まで平和だったんだから、今夜もきっと平和だろう。
平和じゃないのは、アンバー君をまっすぐ見られないオレの気持ちの方だけど、これは当分仕方ない。このまま王都に居続けたら、きっとダメになるだろうって、分かってるのはそれだけだった。
「新王陛下、おなり!」
フロアに響く声に合わせ、ワイングラス片手に入り口の方に目を向ける。たくさんの紳士淑女の向こう、例の姫君をエスコートして入場する陛下は、少し遠い。
アンバー君も遠い。彼の腕にもまた、例の姫君が掴まってる。
……連続して同じ女性をエスコートする意味を、察せない程子供じゃない。
陛下とワンセットの縁談は、一体誰が勧めた話なんだろう?
堂々と側に置かれて、よっぽど信頼されてるんだなって、しみじみと感じる。
アンバー君が没落の不遇から抜け出して、元の居場所に戻れたのは嬉しい。男爵位を賜ったのも誇らしい。よかったねって、拍手を贈りたい気持ちにウソはない。
けど、やっぱそれ以上に、陛下の側にいる彼の笑顔を見てる方が辛い。
わあっと上がる歓声の中、周りに合わせてぱちぱち気のない拍手する。大勢の注目の中、堂々と陛下が玉座に向かい、アンバー君が真後ろを歩く。
「今夜は皆に発表がある」
陛下がよく響く声を張り上げて、フロア中を見回した。
ざわめく招待客の間を、銀盆を持つ給仕たちが動き回り、皆にグラスを取らせていく。給仕の1人が陛下にも近寄り、姫君方やアンバー君に、同じくグラスを差し出した。
ああ乾杯するんだ、って、誰に解説されなくても分かる。
何の乾杯なのか、それも分かる。
「我々の婚約が決まった」
陛下の宣言に、ズキッと胸が痛んだ。
アンバー君を直視できなくて、視線を彼から少し外す。銀盆を左腕に乗せたままの給仕に、見るともなく視線を移す。すると――。
銀盆の下から銀の刃物がちらりと見えて、気付いたら走り出していた。
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