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第五話『 抑制の反動 』 上にしおりをはさみました!
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【創作BL・R18含】『虹色月見草❖円環依存型ARC-ツキクサイロ篇 第一部』【虹色月見草/完結済】
第五話『 抑制の反動 』 上
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「なんでだよ……」
瑞季(みずき)は、学内に設けられた屋内プールで、一人嘆くようにそう呟いた。
その時、プールサイドからはすっかり人気が失せていた。壁にかけられている時計を見れば、もうそろそろ夜の八時になろうという頃合いだった。
水に入ったまま時計を確認した瑞季は、今一度水の中に体を沈める。
泳いでさえいれば、水の中にいさえすれば、余計な事を考えずにいられる。
だが水から上がってしまえば、その直後からまた焦燥感にも似たあの感覚が戻ってくる。腹の底を締め付け、胸の鼓動を焚き付けるような苛立たしい感覚。
瑞季はそれを、どのように処理すればよいかわからないままに、その日もプールサイドへ上がる事となった。
― 虹色月見草-円環依存型ARC-ツキクサイロ篇-Ⅰ❖第五話『抑制の反動』 ―
――美鶴(みつる)は、恋愛感情そのものを恐れているらしい
瑞季(みずき)はとある日をきっかけに、その事と、その理由を知った。それは今から少し前の、中間試験直前の時期の事であった。
だが瑞季は、不運にもというべきか、知らぬ内にその美鶴に恋をしていたのだった。
ただ、自身の恋心を自覚した時と同じくして、瑞季は美鶴のその本心を知ったのである。
そしてそんな瑞季は、恋情ではなく愛情を優先した。
瑞季は美鶴の本心を知ったその日に、その恋を諦める結論を出したのだ。
――美鶴を悲しませるような恋心なんて必要ない。だからこんなものは捨ててしまえばいい。
それはただ、瑞季が何よりも美鶴を大切に想うゆえの決断であった。
たが、そんな瑞季の想いは、虚しくも己の恋心に敗れた。
瑞季に芽生えてしまった恋心は、既に彼の心に深く根を張っていたようだった。
瑞季は動揺した。
一度諦めを決心したにも関わらず、頭ではどうしても美鶴のことを考えてしまう。何度振り払おうとしても駄目だった。美鶴の顔を思い浮かべるたびに内臓を握りつぶされるような息苦しさすら感じ、ひたすらに愛おしさを覚える。瑞季は連日、そんな感覚に悩まされ続けた。
忘れようとすればするほどに、恋情が高まってゆく。抗えば抗うほど、美鶴を抱きしめたくなる。瑞季は次第に、それに苛立ちすら覚えるようになったが、その感覚は瑞季にまとわりついて離れようとしなかった。
だがそんな時、中間試験が終わったことにより部活が再開したおかげで瑞季は救われた。
これまで何をしていても美鶴の事を考えてしまっていた瑞季だったが、水に入り泳ぎ始めると頭の中をカラにできた。瑞季はこれに安堵した。
もちろんのこと、プールから上がってしまうとまた美鶴の事が頭に戻ってきてしまうのだが、瑞季に不安はなかった。なぜならこうしてこのまま水泳にさえ打ち込んでいれば、恋心など捨て去り、美鶴をただの友人として見られるようになるだろうと思ったからだ。
そしてその安心感からか、瑞季は美鶴に対して以前どおりに接することが出来るようになっていった。また、その事に安心したのか、美鶴もまた少し置いていた距離を戻していったのだった。
――これならきっと、こんな変な気持ちもそのうち感じなくなる
瑞季はそう考え、より一層部活動に励むことにしたのであった。
だが、そんな瑞季の思惑は大きく外れる事となった。
瑞季の恋情はついに、彼に安息を与えるはずの水の中にまで浸食をし始めたのである。
(――こんなんじゃまた怖がられるだけだってのに……)
瑞季は更衣室で髪を拭いながらため息をついた。
瑞季が数日前まで抱いていた希望の光は、日に日にその輝きを失ってゆき、今ではすっかり頼りなく揺らいでいるだけだ。結局、一度やってきたあの安心感は不安と焦りに変わってしまったのだった。
瑞季のもとに、水泳という心強い味方が戻ってきてから一週間が経過しようとしていたが、瑞季の頭は未だに美鶴の事で満たされていた。
瑞季はついに、美鶴への恋心に別れを告げられなかったのだ。そして事態は更に深刻な状態へと至っていた。
瑞季が抱く恋情の強さが、日に日にその激しさ増してきているのだ。
今もまた着替えを済ませ、すぐに寮室に戻れる状態であるというのに、心が美鶴に早く会いたいと瑞季を急かしてくる。
美鶴とはルームメイトゆえ、毎日のように顔を合わせている。そして夜もまた一晩中そばにいられるのだ。そんな毎日を過ごしているというのに、この心は早く会いたいなどと思っている。
(こんなの異常だ……)
瑞季はその感情に酷く動揺していた。そしてそんな自分の異常な一面に畏怖すらも覚えた。
それゆえに、早く会いたいと願う心を抱えながら、寮室に帰るのが怖くなる日もあった。
ただ、瑞季が自分のその異常さをより痛感したのは美鶴と顔を合わせてからの事だった。
美鶴と顔を合わせていなければ、こうして早く会いたいという焦燥感だけで済む。
だがそれは、美鶴と顔を合わせてしまえば今度は胸の鼓動が高鳴り、彼を衝動的に抱きしめたいという焦燥感に変わるのだ。
――そんな事をすれば今度こそ美鶴に嫌われる
考えなくてもそんな事はわかっていた。だが、それをわかっていてもなお、瑞季の心はその欲求を訴える事をやめはしなかった。
そしてそんな瑞季にはもう、その感情を自制する以外に、恋情への打つ手はなくなっていたのだった。
「おかえりもんちゃん。お疲れさま」
「あぁ……ただいま」
そうしてその日もまた、美鶴は笑顔で瑞季を出迎えてくれた。そんな美鶴に対し、平静を装いながら瑞季も笑顔で返事をした。
部屋には食欲をそそるような香りが満ちている。
そして先ほど自分を出迎えてくれた美鶴は今、再び調理に戻っている。そんな美鶴の後ろ姿を見つめながら、瑞季はまたあの衝動に駆られていた。
(なんでこんな風になっちまったんだ……)
瑞季はそんなどうしようもない自分にまた苛立ちを覚えた。
なぜ忘れられない。美鶴は大切でかけがえのない友人だ。そんな友人が恐れ拒んでいる感情を自分はいつまで持ち続けるつもりなんだ。
誰かを好きだと思う気持ち――それが恋心というものなのならば、そんなものは泳いでいる間に捨て去ってしまえるものだっただろう。そんな気持ちは、一度捨てれば自分を追ってくることなどないものだ。それゆえにこれまでも、まだ好きという感情が残っている相手に別れを告げられようが、泳いでいればすぐに忘れられたのだ。
それが、瑞季の知っている“恋心”というものだ。
だから今回も、ひたすら泳ぎ続けていれば忘れられるはずだった。なのに――
「なんで全然捨てらんねぇんだよ……」
瑞季は温かな湯船に身を沈めながら顔を覆い、小さくそう呟いた。
瑞季が平静を装っていられるのも恐らく今だけだ。これからずっとこんな意味のわからない衝動に襲われ続けるのだとすれば、きっといつか衝動に駆られるまま美鶴を抱きしめてしまう。そしてきっと、それだけではこの感情は治まらないのだろう。だが、その後自分が美鶴に何をしてしまうかなど想像したくもない。
ただいずれにせよ、その結果今度こそ美鶴に恐れられ、友達にすら戻れなくなってしまうのは確実だ。
(そんなの、絶対に嫌だ。美鶴に嫌われるなんて……)
瑞季はそこで、衝動に駆られ美鶴を抱きしめる事を無意識に想像した。
その想像の中の美鶴は、瑞季がその身を離すと驚愕と恐怖を混ぜ合わせたような表情を作っていた。そんな美鶴の表情は、瑞季への恐れと拒絶を意味している。想像の中、瑞季はその美鶴の表情を見て血の気が引いた。
(嫌だ……)
己の顔を覆う両手が微かに震えているのを感じ、瑞季はまたひとつ弱々しいため息を吐いた。
「お前も大変だねぇ」
「はい……」
とある日の深夜。寮棟のエントランスにあるソファに座り、瑞季(みずき)は自分のななめ前に座った青髪の生徒と会話を交わしていた。彼は瑞季らの先輩で、二年生として学園に属する生徒だった。
前髪を暖簾(のれん)のように垂らし、目元を隠すような髪型をしているその生徒の名は、圓(まどか)晃紀(こうき)という。
その日、あまりに思い悩んだ瑞季は眠る事すら手につかなくなっていた。その為、気分転換にとエントランスの自販機まで行こうとしていたのだが、ちょうどその時、同じような目的で廊下に出てきていた晃紀と鉢合わせた。そして、共にエントランスまで歩く中で勘の鋭い晃紀が瑞季の様子を察し、何かあったかと尋ね、今に至るというわけであった。
「まぁ~確かに今の美鶴(みつる)に好きだって気持ちを悟られるのはまずいだろうけど、イロイロ想像しちまうってのは言い訳きくと思うぜ」
「そうでしょうか」
「おう。だってお前は俺と美鶴の関係知ってるわけだし、それがソッチの想像しちまう原因なのは事実だろ? だったら恋心抜きにして、ただ想像しちまってって言えば言い訳はつくって。――俺ら高校生だぜ? エロに敏感になんのは当然。むしろ男子高生の嗜暖簾(たしな)みよ、嗜み」
「な、なるほど……」
瑞季は、晃紀のその意見に対し納得していいのか戸惑いはしたが、それにより少しだけ罪悪感を和らげることができた。
瑞季はここ最近、恋心以外の悩みも抱え始めていた。それは、ベッドに入るとつい美鶴の情事を想像してしまうというものだった。
そして、そういった想像をしている事が美鶴にバレれば、おのずと恋心を捨てきれていないという事も悟られてしまうのでは、とも懸念していたのだ。
そういった事から、瑞季はここ数日より思い悩んでいた。
そんな瑞季がなぜ突然そのような想像をするようになってしまったのかというと、原因はまさに、晃紀の言っていた通りだった。
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