アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
150にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
150
-
その番組で思わず手を止めてしまう。
ただサックスを吹いているだけならよかった。
なのに少女が演奏していたのは
幸音先輩に何度も聴かせてもらった―――
「「微笑みの国」」
ハッとして幸人を見ると、幸人も驚いたようにこちらを向いて目が合った。
「幸人…これ知ってんの?」
「うん。…康明こそ…。」
「あぁ、これ……ずっと楽器教えてくれてた先輩が好きでよく吹いててさ。だから…。」
そこまで言って幸人を見ると、一瞬驚いたように、大きな瞳が揺れる。
でもすぐに俯いてしまって
その口元は、切なそうに弧を描いていた。
今にも涙がこぼれそうな程、静かに笑っていた。
長いまつげを揺らして。
喜歌劇「微笑みの国」セレクション
というだけあって、それは吹奏楽やオーケストラのみでなく
幸人のように演劇をやってきた人間の中でも実はなかなかに浸透していたのだろうかとどうでも良い疑問を抱く。
だからといって、幸人の哀愁を漂わせるこの悲しい微笑みの意図はどうしてもわからない。
幸人はこの物語に何か苦い思い出でもあるのだろうか?
「幸人…?どうかしたか…?」
「ん?……んー。」
それだけ言うとまた黙りこくってしまう幸人。
俺が散々煽って恥ずかしい言葉を言わせようとする時には、こうして押し黙ることも多々あったが、その時と今とは表情も状況も何もかも違う。
最近はいつでも俺に対して感情だだ漏れだった幸人が、少し前までの作られた笑みを浮かべている。
俺には今、幸人の考えていることがわからなかった。
それでも、ようやく決心したように強く拳を握りしめると
幸人は俺の方に目を向けて、でもやっぱりすぐに俯いて、
小さな声でぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「ねえ、康明。
……その先輩って、どんな人だった?
僕と出会う前の、過去の康明を知りたい…って言ったら、康明はどう思う?」
強く握られた拳が力を失い、そろそろとソファーの布地に這わされたかと思うと、俺の片手は夏なのにひんやりと冷たい幸人のそれに包まれていた。
俺の手を控えめに握る幸人の表情は、俺には何を考えているのかよくわからなくて
でも、その縋るような視線にまっすぐに目を合わせてしまったら、もう拒否することなんてできなかった。
「どう思うも何も。幸人が聞きたいって言うなら話すよ。………聞いてくれるか?」
深くうなずいた幸人を横目に感じながら、俺は苦しさから逃げ続け、思い出す事すら出来なかった学生時代を頭の中に呼び起こす。
それはすごく幸せで、楽しくて忘れられない時間。
本当に、驚くほどあっという間に過ぎ去った。
過ぎ去った後に残ったのものは、強い後悔、自責の念
酷く重たく伸し掛かるのは今最も苦しめられている、ある感情の制限。
気を抜けば、真っ黒な闇に自分自身すら押しつぶされそうになりながら、死んだように生きてきた7年間で
いつもいつも、毎日毎時間毎秒耐え続けるうちに、それが普通になっていって、いつしか人間誰しもが持っているであろうこの感情を自分は持っていてはいけないものとして切り捨てた。
そう。俺はあの日から、もう誰の事も好きにはならないと誓った。
固く誓った、はずだったのに。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
151 / 448