アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
衝撃の事実にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
衝撃の事実
-
「言っとくが、家ん中すげぇ散らかってっからな」
紺色のセダンを運転しながら樛は釘をさしてくる。
「そんなん、全然気にしませんよ」
むしろどんな生活をしているのか、ありのままを見せて欲しい。いままで想像でしか知りえなかった樛のプライベート。
(こう見えてきっちり家事とかしてそうだよな、この人。料理とか、エプロンまでつけてやってそう)
弦也は内心で妄想を繰り広げつつそっと樛の横顔を盗み見る。無表情にハンドルを操っている樛の横顔はいつにも増して色っぽかった。この男にはこういう倦怠的な雰囲気が似合いすぎるのだ。
樛の家は世田谷区にあった。二十五階立てのマンションは見上げると首が痛くなるほど高い。大分の実家周辺には、こんなビルはまずなかった。
「すげぇ……」
都会で暮らすなら、やっぱりこういうマンションに住みたい。レンガ色の外壁に瀟洒な明かり。全てが高級そうで目に眩しかった。
「なに見惚れてんだ、置いてくぞ」
樛が呆れたように言い、後頭部を軽くはたいてきた。思っていた以上に大きな、硬く骨ばった手だった。
そんな小さなスキンシップがこうも嬉しいなんて、我ながらどうかしている。はたかれた後頭部を擦りながら樛の背中を追った。
エントランスは意外にも事務的で殺伐としている。並んだ集合ポストに無人の管理人室。エレベーターに乗り込むと、樛は十八階のボタンを押した。
少しずつ緊張してきた。これから自分はこの男と一つ屋根の下で生活していくのだ。期限付きではあるが、棚ぼたの幸運。生かさない手はない。
(押して押して押しまくったら案外落ちてくれたりして……)
ストレートの男を落とすには、ひたすら誠実でなければならない。寝込みを襲うなど言語道断だ。どんなときでも理性的に、あくまでも紳士に。
だがこんな狭いエレベーターの箱に二人きりというこの状況だけでも、既に理性は赤々と点滅を繰り返している。今すぐにでも壁に押し付けてキスをしたい。
弦也は意識的に深く息を吸った。
(落ち着け俺。初っ端からミスるのだけはなしだ)
拳を握り締め、努めて平静に回数表示のパネルを見つめた。
「何だお前、借りてきた猫みてぇだな」
樛は喉の奥で燻るように笑う。十八階に到着すると柔らかな機械音が鳴った。
ワンフロアに戸数は四。エレベータを挟んで左右に二部屋ずつだ。樛の自宅はエレベーターを左に出た側の角部屋だった。
樛は鍵を差込み、回す。
「カードキーじゃないんすね」
こういうマンションは全部カードキーなのかと思っていた。少し意外だ。
「バァカ。んなもん逆に危ねぇんだっつの」
「そうなんすか」
樛がドアノブを回し、扉を引き開けた。高まった緊張感のせいか過敏になった聴覚が、ある音を聞き取った。
部屋の奥から小走りで駆けて来る人の足音。扉が開き切った瞬間、誰かが飛び出してきた。
「うぉっ」
飛びついてきた人影に驚いたらしい樛が声を上げる。
「……どうした美月」
一拍置いて、樛はその人影を抱き締めた。緩くウェーブした長い髪と細い腰周り。すらりと伸びた細脚。身長は樛の胸の辺りまでしかなく、抱き締められた腕の中で額を擦りつけるように頭を振っている。
「待ってたの」
蚊の鳴くような声で言い、その人物は緩やかに顔を上げた。
ハッと息を飲むほどの美女だった。年齢は三十一、二歳くらいだろうか。女優のように整った顔立ちをしている。大きな瞳が薄っすらと赤く潤んでいた。
彼女は背伸びしながらそっと樛に口づけ、幸せそうにはにかんだ。子供じみたその表情がことさら可愛い。
「お前、酔ってんだろ。……また酒飲んだのか?」
樛は咎めるような、慈しむような口調で言いながら、彼女の前髪を指先で払う。
見たこともないその穏やかなまなざしに、弦也は唖然としつつ二人を見つめた。
「ああ、こいつは美月っつってな、」
硬直する自分に気づいたのか、樛は苦笑を浮かべながら彼女を紹介する。
「俺の妻だ」
目の前が真っ暗になった。
◇「あーもう。なんだよ……」
ベッドに倒れ込んで天井を見上げた。腕で顔を覆う。
「既婚者……とか」
急転直下で下った先が奈落の底だなんて、最悪にもほどがある。今日は厄日かなにかだろうか。
余った一室を自由に使っていいと言われたが、正直すぐにでもここを出たかった。つい先ほど見た光景がまざまざと脳裏に蘇り、顔が歪むのを自覚する。
あんなラブラブで。浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。
(俺、なに期待してたんだろ)
目の端に涙が浮かんだ。さすがにショックだ。
結婚しているなんて一言も言わなかったくせに。彼の左手に指輪なんてなかったのに。
それならそうと早く教えて欲しかった。そうしたらここまでショックじゃなかったかもしれない。
「奥さんめちゃくちゃ美人だし」
端から自分が入り込む余地などなかったのだ。
ベッドの上で寝返りを打つ。希望は全て費えた。
明日の朝、ここを出よう。どこか適当な場所を見つけて、バイトも辞めよう。もう、彼を追いかけても意味がない。
弦也はそう決め、どっと押し寄せた疲労感に負けて目を閉じた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 22