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----side有坂『異変』にしおりをはさみました!
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----side有坂『異変』
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トントンと小さな子供を寝かしつけるように結城の背を叩く。
しっかりと俺にしがみ付いて横になっていたが、程なくしてスーッと規則正しい寝息が聞こえてきた。
ホッとして叩いていた背を優しく撫でる。
いつも情事後は沈み込むような勢いで寝ていたはずだが、今日は何か考えていたようだった。
結城に修学旅行で初めて進路の話をしてから、今日までずっと心休まる時はなかった。
だがようやく全て結城に話すことが出来て、一番心配していた学部の件も納得してくれた。
俺としては一先ず安心しているのだが、いつもと様子の違う結城の態度が少し気になってしまう。
学部の件に関しては、ずっと説得しなければならないものだと思っていた。
また可哀想な程怯えながら泣く姿を見せられて、果たして心を鬼に出来るのか、結城を納得させる言葉を用意できるのか、などと今日まで思い悩んできた。
だが結城はコクリと頷いただけで納得してくれた。
どうやら俺が向こうの大学へ通うとすっかり信じ込んでいたらしく、そちらの方に気がいってくれたらしい。
もしや一度冷静になって、やはり学部も一緒がいいと思い始めたか。
そう危惧したが、特に結城が俺に何かを訴えてくることはなかった。
結城は嫌な事は嫌だと言うし、好きな物は好きだと言う。
考えていることを全て俺に吐き出しては、一緒にいたいとひたむきな愛情を向けてくれる。
結城が何も言わないのであれば、問題はないと思うのだが。
『――お互いのために一番良い道を捨てておいて、何が色恋ですか。独りよがりな言い分はもう結構。勝手になさい』
こちらの大学を受けるつもりだと譲らない俺に、ぴしゃりと女将に吐き捨てられた言葉。
あれから女将には一切の口を聞いてもらえず、そのままこちらへ帰ってきた。
確かに女将の言葉は、何一つ間違っていない。
これまで育ててくれた恩義もあり、親の言葉を背くことに心が痛まないはずもない。
だがそれでも結城を取ると決めるのに時間は掛からなかった。
こんなに俺を求めて慕ってくれている存在を、これ以上悲しませたくなどなかった。
だからこそ俺は結城を守っていきたいし、もし思い悩んでいることがあるなら、何でも力になりたいのだが――。
「おはよ、有坂」
「…おはよう」
目を覚ますと、部屋の中にトーストの良い香りがした。
結城に覗き込まれていて、そんなに俺は寝過ごしてしまったのかと慌てて身体を起こす。
「あっ、まだ出来てないから寝てていいぞ」
「…いや、大丈夫だ。どうした。随分早いな」
「うん、朝ご飯用意しとこうと思って」
そう言って蒼い瞳がキラキラと綻ぶ。
時計を見ると特に寝過ごしたわけでもなく、いつも走り込みに行く時間帯だ。
「今日も勉強するんだろ。夏休み最後の日だもんな」
「その通りだが…」
とはいえ結城が行きたいと言うのなら、最終日ではあるし少し出歩くくらいはいいと思っている。
だが結城は特に気にした様子もなく「そっか。じゃあ勉強で」と言ってキッチンへ向かって行った。
なんだろう、この違和感は。
朝食を終えると素直に勉強道具を取り出して、結城がテーブルへ広げる。
せっかくやる気になっているところに水を差すつもりもない。
大学を一緒に行くと決めて、ようやく結城も受験へのやる気が芽生えたのだろう。
そう思い直し共に勉強をしていたが、ふと見るとコクリコクリと頭が揺れている。
ノートを見れば、また俺には理解の出来ない数式の羅列が並んでいる。
レベルが高そうではあるが、さすがに受験には必要なさそうだ。
となると、どうやら受験勉強にやる気が出たわけでもないらしい。
しばらく勉強を続けていたが、結城は時たま起きては手を動かし、だがまたすぐにウトウトとしていて全く集中出来ている様子もない。
「結城、出かけようか」
「――えっ」
「気が変わった。少し気分転換をしよう」
そう言うと眠そうだった表情が、一瞬で光を帯びたように爛々と輝く。
清々しいまでに心の内が見えるほど、喜びが顔に溢れている。
「い、いいのか?どこ行く?有坂の好きなところでいいぞ。俺見たい映画があって…」
俺の好きなところでいいと言いながら、映画が見たいらしい。
なら映画館へ行こうと言うと、ぱあっと花が咲くような笑顔を向けられる。
用意をして寮を出て、目的地へと向かう。
俺の腕を取って嬉しそうに表情を緩ませている姿が、堪らなく愛しい。
二人分のチケットを買って、飲み物やポップコーンなどの軽食を売っている売店に結城を連れていく。
結城は菓子が好きだから、こういう物もきっと喜ぶはずだ。
「…あ、えっと。俺が買う」
「――なに?」
「俺がお金出す。有坂何がいい?」
そう言われたから驚く。
だが俺は同性と言えど、恋人に金を出させるつもりはない。
「いや、気持ちだけで十分だ。ほら、好きな物を選べ」
「…う、うん。分かった」
そう言っていつも通りアレコレ選ぶ結城にどこかホッとしてしまう。
なぜ突然そんな事を言いだしたんだ。
いや、自分が出すと言ってくれた気遣いは素直に受け止めるべきだが、今まで一度も結城がそんな発言をしたことはない。
俺も不満になど思っていないし、むしろ愛する者にこそ自分の働いた金は使いたい。
変に遠慮せず、当然のようにいつも受け入れてくれる結城を愛しいとさえ思っていた。
「映画楽しみだな。有坂と一緒に見たかったんだ」
違和感はあるが、結城が俺を見る目は特段いつもと変わらない。
いい席が取れたことにはしゃいだり、パンフレットやグッズを片手にあれこれ力説してる姿は相変わらず可愛らしい。
ちなみに映画の内容は結城の好きなアニメだかゲームの映画らしいが、そんなところも結城らしくて心が暖まる。
何をしても、どんな表情を見ても愛しくて堪らない。
自分でも呆れるほどに、この男に心を奪われてしまっている。
「あ、有坂。今日はありがとう」
「――は?」
「ほんとは俺のために、映画連れてきてくれたんだろ?」
それはその通りだが、まさか結城からそんな言葉が出るとは思わなかった。
やはり何かおかしい。
唖然としていると、結城の目がジトリと細められる。
「なんだよ。人がお礼言ったら『どういたしまして』ってフツー言うのが当たり前だろ」
「…あ、ああ。そうだな。どういたしまして」
「別にいいぞ」
これではどちらが礼を言ったのか分からないが、どこか得意げになっているから少し安心する。
ひょっとして結城が成長している、ということなのだろうか。
そういう意味でならいいのだが、もしも何か思い悩んでいるのなら――。
ふと、物言わずじっと映画のポスターを見上げている結城の横顔を見つめる。
いつ見ても姿勢が良く、凛とした佇まいは見る者をハッとさせる。
だがどちらかというと結城は普段の発言や態度から、俺には可愛らしい印象の方が強い。
しかし今目の前にいる結城は妙に落ち着いた様子で佇んでいて、その姿はゾクリとするほど美しさを放っていた。
まるで自分とは遠い存在であるような、ともすればあっという間に俺の手元を離れて行ってしまいそうな錯覚すら覚える。
きゃあっと不意に黄色い声が上がる。
見れば数人の女子が結城を指さしていて、声を掛けようかと悩んでいた。
気付けば結城を気にしている者は他にも多く、結城だけが何も気にしていない様子でポスターを眺めている。
「結城、そろそろ入ろうか。もう入場出来るはずだ」
「え?うんっ」
声を掛ければ、いつものように可愛らしい笑顔を向けてくれる。
いつの間にか当たり前のように結城が自分を慕ってくれているものだと思っていたが、そう己惚れてばかりはいられないのかもしれない。
ずっと大切に守っていくつもりではあるが、結城も日々成長している。
もちろん成長しているのはいい兆しなのだが、どことなく寂しい気持ちを感じて首を擦った。
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