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もう一度扉を開けると、やっぱり悲惨な光景が広がっていた。
その中心でボコられてるのは、間違いない。
ハルヤンだ。
「――おい、お前ら何やってんだっ」
慌ててそう言ってハルヤンに駆け寄る。
が、駆け寄る手前で男の一人にガシッと掴まれた。
「おいコラてめェ、なに戻ってきて…えっ、王子?!」
「うわ、本物の王子だっ。初めて近くで見た…っ」
「えっ、王子!?」
「は、離せっ」
そう言って藻掻いたら、慌てたようにパッと手を離された。
蹲るハルヤンに駆け寄ると、口元には血が滲んでいる。
ゾクリと背筋に震えが走った。
「…え、マッスー?」
驚いたようにハルヤンが俺を見る。
久しぶりに視線が合ったが、今はそれどころじゃない。
「――おい、お前ら何してんだよっ。ハルヤンが死んだらどうすんだっ」
「えっ、いや…えーっとですね、ソイツは…」
「ど、どうするっ?やばくない?見られちゃったけど…っ」
俺の登場で男どもが何か慌てたように視線を泳がせる。
見れば女もいて、そういやコイツ前にハルヤンが口説いてた奴じゃなかったっけ。
そう思ってたら、ポンとハルヤンが俺の肩を叩いた。
「ああ、マッスー人呼んでくれたんだ?助かったわー」
「っえ?」
「君たちも受験生なんだから、さすがにバレたらマズいんじゃないの?」
「――コイツ…っ」
全く人とか呼んでないし衝動のまま教室に入っただけだからキョトンとしたけど、ハルヤンの言葉で男たちが凍り付く。
少し戸惑っていたが、慌てたようにすぐ教室を飛び出していった。
あっという間に二人だけになった教室。
ハルヤンが一つため息を吐いた。
「…はー、相変わらず空気読めないなあ」
「は?なにがだよ。つーかお前何してんだよっ、血が――」
壁を背にハルヤンが寄りかかったが、その唇からぽたりと血が垂れる。
サーっと顔が青くなっていく。
やばい、ハルヤンが死ぬ。
「し、死ぬなっ」
「いや死なないでしょ。一発殴られて突き飛ばされただけだし」
「…っえ?ボコボコにされてコンクリートで固められて埋められそうになってたんじゃないのか」
「それなんのドラマ見たの?そこまでする奴らじゃないってマッスーが来た時の反応で分かるでしょ」
そう言われて思い返してみれば、俺が入ってきたからって戸惑ってた。
どこかのヤバイ奴らって見た目でもなかったし、みんなただの他高校の学生っぽかった。
いつもの周りの奴らみたいに俺にキョドってたし。
「と、とりあえず誰か先生連れてくるっ」
こういう時の対処なんか分からないけど、でも状況に困った時は大人を呼ぶのが一番だ。
そう思って立ち上がったけど、ハルヤンにがしりと手を掴まれる。
「いや、受験前なのに喧嘩とかマズいでしょ。あいつらもだけど俺もバレたくないし」
「で、でも…」
「それに俺がいつも通り女口説いて泣かせて、報復にあっただけだから」
完全に自業自得じゃねーか。
ぶん殴りたいアイツらの気持ちがむしろちょっと分かったぞ。
「詐欺だの女泣かせたりだのしてりゃ、こういうことは初めてじゃないしね。…ったくアイツら、文化祭だと逃げられないと思ってわざわざ狙ってきやがって」
「…それまた来るんじゃないのかよ」
「普段はいい子チャン達みたいだし、人を呼ばれたとなれば諦めるでしょ。それにさすがに俺もヤバそうな繋がりのある奴は見極めるから、この程度の奴らで収まってるしね」
「収まってねーよ。集団で来てんじゃねーか」
「数の暴力とか卑怯だよなー」
卑怯な奴が卑怯って言ってる。
とはいえハルヤンの性格は分かってるから、今更もう呆れもしない。
「…マッスーももう行けよ。ありちゃんにまた危ない所首突っ込んだって怒られるし、いい加減俺がどんな奴か分かっただろ」
「うん。分かってる」
「俺もマッスーの面倒見るのはもうウンザリだし」
さらっと暴言吐かれた。
コイツ俺にそんなこと思ってたのか。
そしてそれきりまた視線を合わせてくれなくなった。
久々に話せたと思ったのに、俺達の関係は結局もう前のようには戻らない。
ハルヤンから感じるのはヒシヒシとした拒絶の意思で、きっと俺はもうハルヤンに嫌われてしまったんだろう。
そう察して仕方なく立ち上がる。
ハルヤンを残して、そのまま教室を出た。
そしてとりあえずその足で保健室に向かう。
そのまま救急箱をちょいと借りて、再びハルヤンのところに戻ってきた。
「――えっ、なんで」
一発しか殴られてないとか言いながら、ぐったりした様子でハルヤンはまだそこにいた。
驚いた顔で見られたけど、俺はハルヤンが嘘が得意な事を知ってる。
コイツは詐欺師だ。
だから自分の事を隠すのだって得意なはずだ。
まあ俺の事をウンザリしてるのはガチかもしれないけど、でもさすがに傷は痛そうだ。
俺は痛い事とか大嫌いだから、血が出てるとか絶対辛いに決まってる。
母さんだって昔から俺が蚊に刺されただけですぐ医者を呼ぼうって言うし。
救急箱の中には最低限必要な物は揃っているから、とりあえずガーゼを取り出して患部を抑える。
「…っえ、なに。介抱してくれんの?」
「うん。最近ちょっと勉強してるんだ」
「えっ、何を」
「医療。俺医者になろうかなってちょっと思ってて――」
自然と話しながら、じわりと胸が熱くなった。
自分から人にそれを言うのは初めてだ。
「…は?マジで?あのマッスーが?」
「あの、ってなんだよ。でもまだ考えてるけどな」
「なんで?」
そう言われて口籠る。
俺の話なんてもうウンザリしてるんじゃなかったのか。
消毒液を含ませたガーゼを再び傷口に当てると、ハルヤンがピクリと表情を歪める。
これくらいで痛そうにしてるんだから、殴られるのなんか絶対もっと痛いはずだ。
「…つーかマッスーあんなところに入り込んでくるとかさ、自分がボコられたらどうすんの」
「こんなにイケメンな俺の顔を殴るやつがいるわけないだろ」
「なにその謎の自信。まあ確かに、マッスーならワンチャン犯される方が…」
「そんなことしたら有坂にチクる」
「ありちゃんはスーパーマンか何かかな?」
そうだ。
有坂はすごいんだ。
なんかこんなやり取りをするのは久しぶりだ。
どことなく懐かしい感覚があるけど、でも一度壊れてしまった関係を直すのは思っていたより難しい。
いくら最強のイケメンだって、きっと何を言っても、何をしても許される、なんてことは絶対にないんだ。
「…もうやめろよな。こういうの」
手当をしながら、ぽつりと呟く。
ハルヤンがフッと鼻で笑った。
「なに、マッスーが俺に説教?」
「うん。誰かが言わないと分からないんだ」
きっと今までハルヤンに本気でやめろって言って、ちゃんと説教する奴なんていなかったんだ。
まともな友達なんて絶対一人もいなそうだし、ならこの俺が言ってやるしかない。
息子の名前を使って俺にスカウトマンとか差し向ける辺り、親もやばそうだし。
「…俺も自己中頑張って直すから。ハルヤンももう誰かを騙すのはやめろよな」
「あれ、自己中って自覚あったんだ?」
「……」
まだそこまで認めてないけどな。
俺の方が正しい可能性は全然あるけどな。
でも俺は有坂でたくさん間違えて、ハルヤンにもガチでキレられて。
それでようやく今までの自分は少しおかしかったんじゃないかって気付いた。
「…ハルヤンがせっかく色々気を回してくれたのに、全然分かってなかった」
「え?」
「な、夏祭りの時は…ごめん。いやたぶん、その前から他にも――」
ここ最近、ずっと言おうと思ってた言葉。
ようやく伝えられたら、ハルヤンがハッとしたように目を瞬かせた。
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