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Re actance amplifierにしおりをはさみました!
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Re actance amplifier
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あなたも──探しているの?
「え──?」
会話に、唐突に声が混ざる。
橋引の方を改めて見るが、彼女は俺こそどうしたのかと問いたげだった。小さな女の子のような声。
前にも、聞いた気がする。何か言いながら橋引が、ホール内へと向かっていくが、なんだか……頭に入って来ない。
このドアを抜ければ、輸入品と、輸出品が立ち並ぶ輪の中。
改めて、考えてしまいそうになる。
引き返して悠柏さんたちを追う方が良いんじゃないだろうか、とか、色たちはどうしてるかなとか、そんなことが脳裏をめぐる。
橋引が、会場に入ってしまった。
「あぁ──そっか……こういうときに使うんだっけ」
軽く目を閉じて、遠くの景色をイメージする。逃げ場のない世界から、せめて、あいつの見える世界を想った。しまった、悠柏さんを探そうと思っていたのに。しかも藍鶴色たちは──会場に向かっていた。
「って、すぐ来るじゃん……」
しまった、あまり遠くじゃないから、なんかこう、ちょっと損はしてないが複雑!
──南のお方ですか?
──私は、北で。
──いやいや、私も南なんですよ
──西のルートへは……
騒がしいおじさん集団の声が聞こえてきて、ばっ、と振り替える。
恰幅が良く、スーツを着た4人程の男性たちが黙ったまま中に入ろうとしていた。
それぞれの掌やポケットに端末が見える。
「口が、動いてない……」
うわ……久々に『聞いた』。
こんなに丸出しな声。嫌になるな。今日は持って来ていないヘッドホンがちょっと恋しくなる。
おじさんたちが先に消えていくなか、歩幅をずらしてゆっくり慎重に中に進む。橋引は既にどこかのサラリーマン風の奴と話し込んでいる。話、か。
俺も昔はよく、『何が喋っている』声か判断がつかなくて、恥をかいたり怖がらせたりしてきた。
それで身につけたのが相手の身振りや口の動きを見ること。口が動いていないときは心の声だから、下手に口外しない、と決めたわけだ。
……だけどやっぱり、何の声なのか完全に聞き分けがつく訳ではない。
理由の1つとしては、まずあらゆるチャンネルがそれぞれのバランスで共存するこの世界に置いて、人間以外も会話らしいものをしているためだ。だから石に話しかけたり、壁に話しかけたり、木に話しかけたりすることも少なくなかった。
実際、初めて恋愛対象で好きになったのが、庭にある石だったくらいだ。
周囲が不気味がっても俺はそれがやめられず、避けられて、誰かと話していたくて、避けられて、そうやるうちに、どんどん変な子になっていく。実際そういったものと話してなにか不都合があったことなどはあまりないし。
ただ、とにかく、口の動きだけで全て分けられはしないのだ。
誤解されることも多い。メールなんてものも年々持ち運べるようになってきたから、余計に混乱が増えた。
諦めていた。
会話、対話、なにもかも。
リストラだってあった。
普通に混ざりたいのに、ちょっとなにか掛け違えてばっかりだ。何度も間違わないよう、聞きたい声だけ聞けるようにと改善を重ねては、たまに間違って、不安定で、だから──いつも冷めた目で周りを見ていた。なにも期待せず、なにもかも笑顔で受け流した。
あの日、会った藍鶴色は特別だった。
普段の会話自体を好まない。心そのものを探している。
騒がしく荒れ狂い、嘘と建前の雑音にまみれた世界の声しか知らなかった俺からしたら、色の声はとても静かで、綺麗だった。
透き通っていて、だから、周りを映すんじゃないか。
きっと、言葉に尽くせない程に溢れている。
「……あ」
見慣れたスーツの生地が視界に入った瞬間、思わず硬直してしまう。色は菊さんと共に真っ直ぐこっちにやってきた。
「まだ、あの山にはなにかありそうなんだが、闇雲に探すと暗くなりそうだから……」
色が何か話しているけれど、倒れ込むように抱きついた。
「わっ」
色は一瞬驚きはしたものの、俺の背中を撫でている。
「お疲れ」
「うん……」
色のにおいがする……柔らか……くはないけど、心なしかひんやりしている。マイナスイオン……
「俺も、居るんだけど」
菊さんがちょっと呆れながら呟いたが、今はそれすら気にならないくらいに、久々の時間を堪能していたかった。
2021/9/232:54_2021/9/2913:33加筆
──残業上がりの寒い冬の夜。上空には星ひとつない空が広がっている。
その日、書類が結構シュレッダーにかけられてしまったので、ゴミ出しでもして帰るか、と気を回しかけて──外で見つけた車に、見知った姿を発見。
それはまさに事務所の駐車場から立ち去ろうとする彼の背中。俺はそちらに向かうと、すぐさま問いかけていた。
──どうして、辞めちゃうんですか?
彼は、ははっと朗らかに笑うことすらなく、そのときばかりは真面目な顔で答えた。
──辞めたわけでも、辞めてないわけでもないさ、ただ……わからない。わからなくなって。お前だってあるだろ、わからなくなることが。
霊能や異能を持つものが、一度は直面する境界と自分の間にある同一性の確信めいたものの揺らぎ。
突然やってくるそれは、ときに前触れもなく俺達に襲いかかる。
見えすぎて、聞こえすぎて、受け入れ過ぎて、わからなくなるのだ。それが起こると、本当に、自分でどうしようもない。
厨二病と違うのは、リアルな幻に、かっこよさなどなく見舞われることや、廃人になる確率だろう。
──俺が、誰で、俺が、何処にいて、
俺が、何をしようとしていて、
此処は、何で。
この会社の平均年齢は若く、自殺者も出ている。中でも、あれに見舞われて精神を病んで居なくなる者は後を立たない。
わかっていて、わかっていても、俺は、改めて、聞いた。
なぜ聞いたのか、よくわからない。
後を、立たないかもしれなかったからだろうか。数少ない同志が、とか、そんな綺麗事でもおそらく無いのだろう。ただ、好奇心とか、そういう……
──それならどうして、あのとき、俺にも伝えてくれなかったんですか。
「悠柏さんと、会った?」
色の声が現実に引き戻す。
「あ……ああ、さっき、おじいさまがどうのとか」
「そうか」
菊さん、は先にホールに向かったらしい。
色は複雑そうに俺を見ていた。
やばい、確かにちょっと疲れているかな。
「会場に関係者とか居たみたいだから、そうかもね。あの人なんか言ってた?」
「神様をうざいと思わなくてすみそうとか」
「なにそれ」
色は小馬鹿にしたように笑う。
「ただ、なんか、あの御幸ケ原と何か組みそうだった」
そう言うと、眉をひそめながらも俺の手を引いた。
「行くぞ」
「……あぁ」
色が、頻繁に吐くようになったのも、ある意味あれの一種なのだろうか。あの件のことは
あれから今になってもなお、ほとんど話したことがない。
繋いだ手から少しいらいらした感じが流れてきて、ちょっとだけ力を入れて握り返す。
──あの人さ、典型的な占い大好きさんで、俺のことやけにそっち方面で気に入ってるんだけど、そういう好かれ方って、良いのかなって、いうか。いや、もはや、病的なストーカーになってるけど、
そこまでされたかったわけじゃないし、
そこまで好かれる価値もないし、
他人のなにかを決めたかったわけじゃないんだ。他人になにかしてやるほどの力なんか、俺は……ただ──
会場に入る。何回目かわからないほど踏み鳴らした絨毯は重厚感も相まってなんとなくむさ苦しい圧力を伝えている。
『違うんだ、俺は、そんなことを望んだわけじゃない、そんなことにとらわれて欲しくない』
『俺は、何処に居ると思う?』
──此処に居るさ。
『何を、救っているんだろう?
何を、救った気になっているんだろう?
わからなくなって、わからなくて
誰を、なあ、俺は──藍鶴色なのか?』
あぁ。そうか、やっと、なにか、わかったかもしれない。
──お前は、此処に居る。
そうやって、今、怯えたり、悩んだりしている。色が色だから、悩んだりしているんだ。
それは、他の誰でもないだろう?
友人が、家族が、『それ』を笑っても、お前を売っても、全てから、全て否定されても、『俺はその痛み』を知っている。
『色が、此処に居るってこと』を知っている。
「……さてと」
客に目を向けてみる。
布がかけられたテーブルたちの間を、新たな知らない顔とさっきから知っている顔が入り乱れていた。あのおじさんたちは……と探すと奥の方、最前列あたりに居た。
みんなで軽く騒ぎながら酒を飲んでいる。このパーティーがそろそろお開きになりそうな雰囲気だ。
「あっ、かいちゃん、と色ちゃん!」
俺達から見た左側のおじさんたちのテーブルの、すぐ横、反対側の最前列から橋引がこちらに手を振る。
「あぁ……」
「悪い、遅くなった」
──あのおじさんたち、さっき一人二つで伊勢海老を8個注文していたの
伊勢海老? 色と橋引がそんな話をしていたような。食いそびれたとかなんとか。
珍しいものとしても目立ってたメニューだ。
──俺も伊勢海老はなにかあると思う
色がすぐ目の前のテーブルに置かれた魚のカルパッチョのミニトマトを口に頬張りながら、言葉を飛ばしてくる。
「食べないの? 結構いける」
色はおじさんたちを疑う様子がありながらも表面的にはケロッとしており、俺に皿をすすめてくる。
「よく食えるな……」
「疲れたときこそ食べないと」
画家の名前でもあるその料理を横目に、俺はぼんやりと周りの声を聞いていた。
なにかの声を聞いていた。みんな、楽しそうだな。ていうか、何しに来たんだったっけ。あ、魚。海の音がする。幻聴。水面が映る。ゆらゆら、ゆれている。光を反射して、水が──
「あ、なにか動く」
橋引が呟いたとき、目の前のステージにまた御幸ケ原さんらがやってきた。裏から舞台に上がれるようになっているらしい。
辺りが暗くなり、舞台にスポットライトが向けられる。食事しづらくなったと不満げな色となにか探している橋引。
──そういえば、菊さんが居ない……?
ステージ上では先程御幸ケ原さんと一緒に居た悠柏さんがマイクを手に、一礼。
「えー、主催者が、急用の為に会社に戻られましたので……此処からはわたくし達が司会進行を引き継ぎまして……」
続いて御幸ケ原も挨拶した。
「よろしくお願いしまーす!」
「この時間より、即売会開始となります。此処の土地の整理で見つかったお宝など、貴重な品もありますよ!
皆様会場の地図はお持ちですよね。各会場ごとに骨董品や宝石などのグループに分けられていますので迷わないようにちゃんと確認してください」9/301:12─12:40
ステージを見上げながら、ぼんやりと悠柏さんのあの猫目を、あのときの言葉を思い出す。
「ほら、目立てば会いたい人にも会えるかもしれないわよ?」
会いたい、人……か。
最初から変わらない自分らしさであり、みんなが認めてくれなかった『自分らしい自分』を否定する世界で生きるとしたら、俺は誰でもない。
昔は──それがわからなかった。
だから他人を求めようと思った。
今は、自分らしい自分が好き。
みんなが認めてくれなかった自分。
「会場、さすがにたこ焼きはなかったわね」
橋引が話しかけてきて曖昧に首肯く。
「わたあめもなかった」
俺が言うと、「縁日かよ」と界瀬が冷静に突っ込んだ。
辺りではぞろぞろと会場を出る人やテーブルに分かれて話し合う人が出始めている。
どうやら今、伊勢海老のテーブルの近くに待機しているらしい。いくつかの集団が移動をしていくなかで俺たちはずっと待機。
しばらくは暇だったが、やがて、ホール全体がカーテンで覆われ始め、一気に会場が薄暗くなった。
スポットライトがステージを照らすと客たちがシンと静まり返る。
同時に壇上に出てきた女性がマイクを手に此方に微笑んだ。
白地に細かなレースが縫い込まれた贅沢なドレス。
金の細工に縁取られたルビーのペンダント。
丹念に毛先を巻き上げた髪、
孔雀みたいな睫毛。ぽってりとした唇。
「──あ」
彼女は、花が咲くような優雅さで、会場に声をかける。
「そろそろ、ということで。お集まりいただいて、ありがとうございます」
昔、ある仕事をしたのを思い出す。
クライアントはどこかの金持ちで、
夫が7年以上帰って来ないというもので「冬、彼が山登りに行ったきり」だと言っていた。
「──あの人」
界瀬が少し身じろぎ、俺を見る。
「痩せたな、前見たときは」
「そこじゃなくて」
俺が冷静に突っ込んでいるうちに
彼女は続けた。
「伊勢海老、食べましたか、皆さん? ふふふ……珍しいので、もしかしたら注文したけど食べられなかった人も多いかな。
さて──此処にお集まりの皆さん、ということは、わかって居ますね。今から即売会が始まります。
ただし、数が少ない貴重なものは、オークションになるかもしれません」
2021/10/416:22
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