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オークション
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オークションが始まる。
面倒なことになったな、と思った。
ちらっと、界瀬の方を見る。
ん? と不思議そうに俺を見ていた。
はぁ。面倒な、ことになったな……
「何が?」
彼が聞いて来たので俺は目を逸らす。彼のそばにいると気持ちが伝わってしまうから厄介だ。
「それでは、伊勢海老のテーブルの方から!」
前方で司会が何か言い始めた。
……。あまり頭に入ってこない。列が溢れて何を取引してるのかよくわからないし……。
と、そのときだった。
──あなたも、探してるの?
「え──」
女の子の、声がした。
いつのまに居たのだろう。やけに白い肌。肩までの髪にカチューシャをつけ、可愛らしいスカートをはいている女の子がいる。
この汚れた場には似合わない、華奢な少女。
俺の方まで来ると、そっと、両手で俺の左手を握った。
彼女はたどたどしい口調で、呟く。
──監視者。
かんししゃ。みまもるもの。
──あなたも、探しているの?
(俺に、聞いているのか)
彼女たちは恐らく人間では無いのだろう。それがなにかはわからないけれど、ときどき様々な姿で現れる。前にも同じようなものを見た。だからその類いだと思った。
「うん……」
ちらっと界瀬の方を見る。
彼は気付いているのか居ないのか、前方を見ているだけだ。
女の子は長い前髪で隠れた顔で、にっこりと笑った。
そっと握り返して俺は囁く。
『未来を探すよ。俺たちの』
橋引がなにやら前方に向かっていく。界瀬が、俺を見ている。待っているのかもしれない。
──彼はどんな未来を持っている?
『さあね。あってもなくても、変えていけるかもしれない』
尊い未来を守りたかった。年寄りたちに取り付く過去の亡霊を追い払うには未来を創るしかない。
女の子はまた、ニコッと笑うとどこかに消えていった。
「……。秋弥君たちにお土産でもあるといいんだがな」
「しばらくぼーっと黙ってたかと思ったら、他人の心配かよ」
あきれたような目をされる。
「──どちらも似たようなものだ」
未来は輝いていた。俺が生れたばかりの頃は、まだ、それはキラキラしていた。
けれどある日──見据えなくては奪われると気が付いてしまう。
「契約書なんて、人嫌いのお前が滅多に使わないのに、本当に良かったのか」
目の前では、ぞろぞろと集まりだした周囲が既に100とか150とか数字を上げている。人気の品がさっそくオークションになっているようだ。
「それは、あくまでも、それ以外に対する建前だよ」
秋弥はただの学生だけれど、過去の亡霊に未来を否定されたその犠牲者の一人だった。せっかくなのでたまに事務所に呼んでいる。
『過去の亡霊』の犠牲者になるのはいつも生まれてくる未来であり、過去の亡霊はいつまでもいつまでも、すでに失くなったものにすがりつき、自分たちを守るためだけに未来を否定し、殺してきた。
歴史の繰り返しということの意味するものは、いづれ『全てに予測がつく飽和状態』になってしまうということだ。すると人々は、やがてなにかの拍子に戦争を望むようになる。出されつくした議論と、知り尽くした知識の中で生きていくことは、そこまで簡単ではない。
未来の停滞は、やがて世界そのものの絶滅と再生を始めてしまうような、そんな嫌な予感がする。
けれど未来は始まっている。
年寄りの秩序じゃ、間に合わない。
「飯の心配もしていた」
「まだ食うのか」
「冗談だ」
「輸入品が、多いな──」
「みたいだな」
頷いたときにちょうど、意識が繋がる。
──なんつーか、会場に居た女に接触したらさ、真っ白い部屋でみんなでPC囲んで何かしてるみたいな感じのことが見えたんだよ
見えた──俺にも。
「価格──株が動いてる……」
真っ白い部屋。PCを囲む集団が占拠するビル。
オークションと連動してデータが変わっていくのを組織で見守っている。
事実──現実なんだ。これが。
なんだか、嫌な予感がして界瀬の腕を引く。
「戻ろう」
「──え?」
界瀬が慌てたように、橋引はどうするのかと言う。
言葉にする代わりに俺は手を握り、指を絡めた。こんなときだけどこれ結構恥ずかしい。
彼はすぐに俺の意思を読みゆっくりと頷いた。
「────あぁ……だけど」
俺や界瀬は特にギャラリーが多い。
危険が及ぶならまずこちらだろう。
だけど、確かに橋引だって────
「どちらに向かわれるのですか?」
タキシード姿の男が、背後から声をかけてくる。まだ若々しい。20代から30代くらいだろう。
なにか言おうか迷っていると、視界の隅にホールの入り口側へにもう一人、タキシード姿の男が向かっていくのを捉えた。
しまった。ガチャ、と施錠の音が響き、ホールが密閉される。そのタイミングで、スポットライトがこちらを照らした。
「では──西の落札が締められましたので、『伊勢海老』をこちらに!」
わぁっ、と観衆が沸いた。
タキシードの男が素早く動くのと、界瀬が動くの、そして橋引が念動力でテーブルの皿を男に向かって投げつけたのは同時だった。
男が思わず皿を避け、界瀬は彼から距離を取る。
そう、伊勢海老は、界瀬絹良を『利用制度』に則って取引するための記号だ。皿が割れた激しい音がして、さっきまでにぎわっていた会場に静寂が訪れる。
「──相変わらず、あんたたちの趣味は最悪だな」
やがてすぐに、静寂が宝石取引などにかきけされてゆく。ただの闇オークションに混ざり、料理を使っての隠語での人身売買のオーダーも同時に行っていたということだろう。
さっき目の前をうろついていたおじさん集団が叫び声を上げる。
ステージの上から悠柏さんがタキシードを叱る。
「揉め事にならぬよう、ゲストとして引いて来るように言っていたはずですが! 段取りを守って……」
俺たちがやっぱり戻ろう、としたので、彼らは慌てて引き留めただけだ。別に変な対応じゃない。
……というか、いつの間にか姿が見えなくなっていた橋引が、ちゃっかり宝石がある東側の前列に並んでいた、というのに今気が付いた。
「主催者はどこですか! 主催者の自宅から、消息がつかめないと連絡がありました! 急用とはどういうことでしょうか」
施錠のためか、急いでいるからか、天井のスピーカーから男の声のアナウンスが盛大に鳴り響く。
……菊さんじゃん。と界瀬が小さくつぶやき、俺は、しーっと口止めをした。
御幸ケ原が甲高い奇声をあげた。
「し、知りません! 知りませんよ! みんなも、おかしいと、おもわないんですか!? 私も、思いますよ!」
なんだかやけに動揺しており顔色が悪そうだ。観衆がざわつき、会場が更に混沌とする。
首を絞められるか、撃たれるかしたらしい男のことをふと思い出す。
あれは、もしかすると、主催者だったのだろうか。
――深く考える間もなく主催者の関係らしい、前方にいたガタイのいい男たちが御幸ヶ原さんを取り囲もうとする。彼女も目の前のテーブルを宙に浮かせた。あれをステージに持ってきてぶつける気だろう。
「危ない」
橋引が腕を前に突き出した。浮き上がりそうなテーブルを留めるしぐさをする。消耗しているのか少し苦しそうだ。御幸ヶ原も「なんで動かないのよ」と言いたげに負けじと力を込める。顔が真っ赤だ。
両者の静かな戦いが繰り広げられていた。
「どういうことだ! せっかく買ったのに!本人に気取られた!!! 私が買った権利を、どうしてくれるんだね!!」
そのすぐ脇ではオークションに来ていた落札おじさんたちが憤慨、絶叫する。
本人に気づかれたら、さすがに違法なビジネスが露見してしまうのでこの動揺なのだろうか。
「そうだそうだ! こっちはね、良い道具が買えるって聞いたからわざわざ足を延ばしてこっちに来ているんだ。やっとそれが果たされたのに、反故にするなどということがあっていいのか!? わしはあきらめんからな!!!」
「ちょっと!!!誰ぇ!!! タキシードちゃんなの!!!!?
ねぇ、ちゃんと取引するって約束だわよね!!!?
なんでちゃんと私が使うってものを捕まえないのかしら!!?」
勝手に売り買いしておいて、約束を破られた理不尽な自分が一番の被害者だというように責め立てる声が会場いっぱいに響き渡る。
「鈴木さん、落ち着いて」「鈴木さん!」と鈴木さんとやらを宥める声もちらほらとあった。
「私が買ったんだ! こんなの認めんからな!既に買ったんだから、もう取引になっただろう! 入荷をずっと待っていたんだ」
ガラスの割れる音。ワイングラスが床に叩きつけられ、透明な飛沫が床に跳ねる。
一瞬──御幸ケ原も、鈴木さんも、誰もが静まり返った。
そのタイミングで、よく通る声がした。
「スズキ、もういいじゃないか。彼らを、こんな取引をして道具扱いしていたら、戦争の未来が近付くぞ。警告なんだ、お前の道具じゃない」
……。知らない男だ。会場の、東側に居たらしい。特徴的なツーブロックの髪をしている。
「お前ら、この場所には関係者も居る、その本来の意味を、忘れてないか?」
彼は次に、そう会場に呼び掛けた。
そのタイミングで施錠されているドアが、ガチャガチャと音をたて始める。やがて、タキシードの抵抗する間も無くドアが開き、ホールに数人のスーツ男が乱入してきた。
「セーフ、って、ところかな」
すっかり夜になりそうな頃。
確保されていく御幸ケ原たちを眺めながら、藍鶴色は呟いた。外にはパトカーが待機しているらしく、窓の外が不気味に赤く照らされている。
これからの取り調べで何が語られるのだろう。知りたいような知りたくないような。
「何が」
俺が呟くと、彼はぼんやりと宙を見上げた。
「ここに入ったときに、俺と界瀬が常に行動を共にすると、片方が眠らされて、拉致監禁ルートだったんだけれど……その辺は、色々調整したからね。あまり二人きりになれなかったけれど、まぁ、マシなルート。露呈を調整出来たし、良かった良かった」
さらっと恐ろしいことをいう。
「ホールにみんなで入る為には、それなりに人員が必要だったし……」
「お前も地味に苦労してるんだな」
現地調査などで、俺や橋引が前に出ることが多くてあまり彼の苦労は語られることがない。
言いようがないのだというし、彼自身もあまり語らないのだが──俺や橋引を繋ぐ基盤であり、彼を信頼している。
「現実には死に戻りはないから、常に計算だらけだよ」
「おっ疲っれ様~!」
ぴょん、と跳びはねて橋引が色の腕に抱きつく。ちょっと疲弊しているのか勢いがない。
「はっしーも。疲れたでしょう……ありがとう」
会場の奥の方に、着物を着た貫禄がありそうな爺さんたちの集まりがあった。どうやら、なにかを話し合っているらしい。
ふと、ぼんやりしていた俺の視線を追って、色が彼らを見つける。途端に、なにかを避けるみたいに足早に出口に向かって歩き始めた。
橋引が目を丸くしながら、引かれるままに出口に向かう。
「おい、色っ──」
「色ちゃん!?」
「帰ろう」
2021/11/411:52─11/2320:04
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