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渡辺くんの衝動。にしおりをはさみました!
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渡辺くんの衝動。
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***
小さい頃、曽祖父が鬼退治をする場面に出くわした事がある。
鬼は女性だった。歳は解らない。真っ暗な地下の牢に捕らえられていて曽祖父が毎晩様子を見に行っていた。ある日、曽祖父の後をつけて地下におりたのは子供ながらの好奇心故だった。鬼退治をする曽祖父。ヒーローに憧れていた。
点々と置かれた蝋燭の灯りだけを頼りに地下をずっと歩く。ふと聞こえたのは苦しそうに喘ぐ女性の声。呻き声に近い子供の心を逆なでするような声だった。早く曽祖父に追いつこうと走り寄った瞬間、見えたのは女性に覆い被さる曽祖父の姿。血の匂いがして、でも誰も死んではいなかった。蠢く影は確かに生きたものの動きだった。何かを啜る音がした。
「甘い…」
確かに甘い。曽祖父の言うとおり地下に充満している匂いは、確かに甘かったのだ。
「渡辺」
ビクンと身体が跳ねたのが自分でも解った。眼球が乾いてしまうくらい目を見開いて目の前を仰いだ。青い空に飛行機雲が流れてる。その隅に艮くんの顔が割り込む。
「もうすぐ昼休み終わるぞ」
「あ……れ?」
「昨日寝れなかったとかで横になったろ」
そうだ。昨日は何故か寝付けなくって午前中フラフラだった。お弁当を食べるのも侭ならなくて艮くんに横になるよう命令されたんだ。艮くんはときたま母親みたいになる。
「怖い夢みたのか」
「…え?」
「身体に力入ってる」
そう言われて初めて自分の身体が強張っていることに気づいた。握っていた手に汗を掻いてる。
「…どうだろう」
怖い夢でも見たのだろうか。そもそも夢を見たのか。あまり覚えていない。
「うなされては無かったけどな」
艮くんの赤い髪が風でフワフワ靡いていた。太陽の光が艮くんで遮られる。艮くんの形をした影が顔にかかる。
「次、物理か」
物理嫌いなんだよな、意味解んねえから。熱量だか熱容量だかどっちでもいいし。出席日数で単位取れっかなあ。お前は?次なに。
艮くんの声が聞こえる。
「何だよ」
「…。」
「…やっぱ怖い夢みたか」
わけも解らず力任せに僕に抱きしめられながら艮くんはそう言った。何も答えない自分にそれ以上の追求はせず空いた手で頭をポンポンと撫でる。
キーンコーンカーンコーン。
「チャイム鳴ったぞ」
「…」
「おい」
微動だにせず何も言わずただ抱きしめたまま。胸に顔を埋めているから艮くんの表情も見えない。
柔らかくて甘い花の匂い。あのとき初めて嗅いだ地下の匂いも淫靡で柔らかく痺れるほど甘かった。捕食者をおびき寄せるためだけの香り。けれどそこから雁字搦めになって動けなくなる。麻薬だ。侵されてる。地下に充満するあの甘さが、蠢く影たちが、こびりついて離れなくて。
誘ったのは誰。
誘われたのは誰。
捕らわれたのは。
「……物理だからいっか」
背中に掌の温かい感触がした。
「サボりだ、サボり」
ダルそうな口調に悪戯っこの笑みを浮かべる艮くん。陽の光に当たった彼の空気は穏やかで。
「渡辺?」
後頭部を掴んでゆっくりと唇に唇を重ねた。
「…」
「…そっか…今日は曽祖父の命日だ」
固まったままの艮くんにそう答えて再び僕は彼の胸で眠った。艮くんから太陽の匂いがした。
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