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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
不審な訪問者7
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これ以上ないほどに穏便に拒絶を示した筈だ。相手がよほど愚鈍でない限り、大抵はこれで引き下がる。そして、返答の言葉を聞く限り、今目の前にいる男が愚かであるとは思えなかった。恐らく、彼は少年の拒絶を正確に理解し、その上で尚も歩み寄ろうとしている。正直に言って、少年からすれば心底迷惑な話だった。
鏡哉という少年は、もうずっと、他者との深い関わりを厭い、拒否し続けてきた。かつての絶望が、悲嘆が、恐怖が。例えその記憶からおざなりに拭い去られたものだったとしても。それでも、どうしたってこびりつく残滓が、少年の歩みを止めさせ、停滞を生み、いっそ孤独なほどに強固な殻の中へと押し留めてしまうのだ。しかし少年がそれを憂いたことはない。憂いなど、忘れてしまえばいいものなのだから。
こと記憶という領域において特化した能力を所持する彼は、しかしそれを意図的に発動させることができないが故に、突如現れた大柄な男の存在に、もしかすると僅かながらの怯えを孕んだのかもしれない。
「長ければこの町にひと月ほど滞在する予定なのだが、またお邪魔しても良いだろうか? この店は居心地が良い」
男の申し出に、少年は白熱電球の明るさを絶やさずに微笑んで見せた。
「それでは、次はお客様として来てくださると嬉しいです」
「ふむ」
応接間に飾られた刺青のデザイン画をぐるりと眺めてから、男はにこりと笑みを浮かべた。
「どうやら店主殿の腕は素晴らしいようだ。では、次は客として、デザインを考えて貰うところから始めるとしよう。そのついでに、私のつまらない世間話にも付き合ってくれ」
「それは有難うございます。お待ちしております」
敢えて後半の話題には触れず、緩やかな微笑みを浮かべた少年だったが、その笑みは相変わらず人工めいた不気味なものだった。造り物のようなそれに気付いているだろうに、気にした素振りも見せない男は、ああそう言えば、と言って少年に向き直り、優雅に一礼してみせる。
「申し遅れた。私の名はロスト。刺青が完成するまでの間、よろしく頼む」
これが、天ヶ谷鏡哉と不思議な男との出会いだった。
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