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8.にしおりをはさみました!
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8.
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「しゅ…、」
声を出しかけた雅琴の言葉を遮って俺はしー、と唇に人差し指を当てた。
「声出すと余計に彼が訝しむから、このままで聞いて」
チラリと雅琴の肩越しに楓を見ると、急に静かになった雅琴を不思議そうに見つめている。
雅琴は今すぐにでも声を出したい衝動を抑えるように息を吐き出すとほんの僅かな頷きを返してきた。
俺はそれに安心してその身体を更に強く抱き締めた。
雅琴の呼吸も、体温も、手に触れた肌の感触も甘い匂いも全てを味わい尽くすように俺は静かに目を伏せて感覚を研ぎ澄ませる。
これが、雅琴と会話を交わせる最後の時間だーー。
「…雅琴、勝手に死んで、一人にして…ほんとにごめん」
「っ…!」
「でも、これだけは忘れないで」
向き合って、顔を見ると俺は雅琴の涙をそっと拭うように顔を包み込む。
まだ幼げな印象を残す泣き顔に俺は笑った。
「俺は、これからもずっと雅琴の傍にいるから。他人を怖がらないで、雅琴のことを大切に思ってくれている人は、俺以外にもちゃんといるよ。俺に囚われてる必要は無いんだから。…もう、夢からさめる時間でしょ」
俺という幻想から、夢という過去から。
雅琴ならもう大丈夫なはずだ。
目の前の彼はきっと、雅琴を幸せにしてくれる人間だと思うから。
「ーー愛してるよ、雅琴。…だから、」
雅琴の身体を離した俺はその背中を押して笑った。
「ちゃんと幸せになってね。それが、俺の最後の我儘」
振り返った雅琴の頬に大粒の涙が伝う。
俺は思わず伸ばしかけた手を強く握り締めて僅かに声を震わせた。
「ーーバイバイ、雅琴」
今までずっと、ありがとう。
さようなら、大好きな人ーー。
そして、俺の姿は朝焼け空に淡く溶けて消えた。
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