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鴫光汰郎にしおりをはさみました!
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鴫光汰郎
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『じゃあ、歪んだ愛情表現かな』
器のさきいかを綺麗に舐めとってから、オトはそんな憶測をあげた。
「あいつに限ってそんなことはないと思うけど……」
今日だって、嬉しそうに仔猫の写真を見せてきたし。
「まさか、こたがなぁ……」
鴫光汰郎。
普段名字を呼ぶ機会はないけれど、鴫なんて珍しい苗字だなと思ったのを印象的に覚えている。
こたの家を訪ねたことはないけれど、隣町に住んでいるのは知っていた。
ただ、猫屋敷なんて呼ばれるまではまあ理解出来るけどさ。
まさかこたが、猫を痛めつけて最後には食ってしまうなんて。
普段のこたからはこれっぽっちも想像がつかない。
「やっぱり、なにかの間違いじゃないかな……」
おれがぼやくと、オトはふーんと間伸びした声で言った。
『とにかく、一度行ってみよ。
あんた仲良しなんでしょ、そのひとと。
言えば家くらい簡単に入れてもらえるじゃん』
「まあ、そうかもしんないけど……
今は、ちょっとなあ」
『ミコトはなにが気がかりなわけ?』
気がかり、というか。
色々と面倒臭いことになる予感がして仕方ないんだよな。
それに今のおれには、何十匹いるかも知れない猫たちの声が、すべて聞こえてしまうわけで……
もしもこたにそれがばれてしまったらと思うと恐ろしい。
それも不審な目で見られることが怖いんじゃなくて、こたなら簡単に信じてしまいそうなことが怖い。
あいつの純粋さは下手すれば凶器だと思う。
「うーん……
オトの声が聞こえないときになら、行ってもいいかも」
これでも妥協した方だ。
しかし案の定、オトにはすぐさま否定されてしまった。
『それじゃ意味ないじゃん。
猫たちのリアルの声を聞いて、現状をきちんと捉えてからじゃなきゃ、説得にまで漕ぎ着けない。
ましてやそのひと、悪いことしてる自覚がないかもしれないんでしょ』
「……つうか、なんでお前以外の猫の声まで聞こえるんだよ。
おれとお前だから、会話出来るんじゃなかったの」
そう言うと、オトはさもつまらなそうに尻尾をくねらせた。
『今更それを説明しなきゃなの?
まーいいけどさ。
相手にもよるんだけどね、相性がいい相手ならより少ない量の霊力の供給で声が聞けるの。
猫は身体の構造上人間のように言葉をはなすことは出来ないけど、人間の声を聞いて育ってるから、猫同士ではお互いに生まれ育った地域の言葉遣いで会話してるんだよ。
だからあんたが猫の声を聞くには、猫の持つ霊力を身体に蓄えておく必要があるけど、猫はあんたの精気を受けなくてもあんたの言うことが理解出来るから、会話出来るってわけ。
こちらがテレパシーで話しかけるのに対して、あんたが声ではなさなきゃならないのは、そういうことだね』
「へえ……」
それから、思い出したようにつけ加える。
『ほんとはね、あんたもテレパシー使えるんだけどね。
それが出来る相手は、あんたの精気を受けてるおれだけだけど』
……え?
初耳なんですけど。
『猫は常にこれで会話してるからなんてことないんだけどねー
ひとが使うには、ちょっとコツが必要かな』
「どうやってやんの?」
『えー……気合い?』
「もっと詳しくっ」
ずいと詰め寄る。
オトは青い眸をうっとうしそうに細めて、ひとつため息をついた。
ぽん!
「……なっ」
突然目の前にひとの顔が現れて、思わず腰を抜かしそうになる。
その前に首の後ろを押さえ付けられ、至近距離で見つめ合ったまま硬直してしまった。
「なんだよ、急に!」
『別にね、テレパシーなんか使えなくたって……』
「……あっ?」
頭の中に響く声。
ひとの姿をとるオトが、猫のときと同じようにテレパシーで話しかけてくる。
目を瞬くおれの前で、オトは唇を動かした。
「あんたはこうやって、いつでも言葉を話せるじゃん」
「……ひ、ひと型でも出来るんだ」
「当然でしょ?
中身はおんなじなんだから」
そうか……
そう言われてみれば、確かにそうだ。
むしろオトが慣れていないはずのひとのはなし方を完璧に習得していることの方が、驚くべきところなんだろう。
おれは唖然としてしまって、オトの顔をじっと見つめた。
「お前って、すごいんだなあ……」
思わず呟くと、オトは一瞬目を丸くして、おかしそうに吹き出した。
「ミコト、変なの」
「だって……
つうかおれって、お前のこと全然解ってなかったんだなって……思った」
「ふふ、興味がないだけでしょ」
「そんなこと……」
「そんなことより、猫屋敷にはいつ行くの?
ミコトは次いつ暇なの?」
急にはなしを元に戻された。
テレパシーについてもっと詳しく聞きたかったが、あんまりしつこくするとまた嫌な顔をされそうだ。
また今度聞けばいいかと思いながら、おれは鞄から手帳を取り出す。
びっしりと埋まったスケジュールに、自分で予定を組み立てておきながら泣きたくなった。
そういえば、来月から始まる冬季休暇をめいっぱい満喫してやろうと、今月にみっちりシフトを詰め込んでもらったのを忘れてた。
「……今月は、明日以外一日休みはなし」
「じゃあ明日行こ」
あっはっはそう言うと思った。
しかしな、もうちょっと気を遣ってくれてもいいと思うんだけどなあ。
「来月じゃだめ?」
「遅くなればそれだけ被害も増えるんだよ。
もしかしたら今にも、ぐつぐつ煮込まれちゃってる不幸な子が……」
「わ、分かったから、冗談よせよ。
あーでも、前日の夜にアポ取れるかな……」
ぶつぶつぼやきながら、こた宛にメールを作成して、内心拒否されることを期待しつつ送信する。
まだ返信くるまで時間あるからとオトに服をきるように指示して、おれは店長からのご褒美のデザートを袋から取り出した。
店を出た直後のおれのルンルン気分は一体どこに落としてきてしまったんだか……
はあ、とため息をつく。
なんだか虚しくなってきて、ちょうど服を着終わって戻ってきたオトに、二つ並べて、どっちがいい?と敢えてノリノリに聞いてみた。
てっきりどっちでもいい、という常套句が跳ね返ってくることを予測していたのだが、案外オトも乗り気で、二つをちらりと見比べてから、すっと迷うことなく片方を指差した。
苺と桃のジュレが層になったミルフィーユ風プリンと、オレンジとバナナのケーキ風プリン。
オトにオレンジとバナナの方をスプーンと一緒に渡しながら、おれはなんとなしにたずねた。
「なんでそれにしたの?」
オトは物珍しそうにプリンを眺めながら、淡々と答えた。
「だって、こっちの方がミコトっぽい」
「……」
「ねーほんとに食べてへーき?
お腹壊さない?」
オトは不安気におれの顔を見て確認してくる。
プリンのふたを開けてオトに返し、大丈夫だから食べてみろ、とスプーンを押し付けた。
それでもオトは警戒して、プリンの匂いを嗅ぎながらびくびくしている。
「いただきます」
そんなオトに見本を見せつけるように、おれはミルフィーユプリンをスプーンですくって、ぱくっと口に入れた。
さくさくの食感と、ほんのりとした甘酸っぱさが舌に広がる。
たまらずほおを緩めるおれを見て、オトは恐る恐るスプーンを口に運んだ。
オトの青い眸が少し見開いて、キラキラと輝く。
にやにやと表情を見ていたら、気付いたオトが顔を赤らめて、さっと目を逸らしてしまった。
オトって、変なところで意地っ張りだよな。
「おいしい?」
「……あまい」
「あはは、そりゃそうだ」
そのあと、オトはもう警戒することなく、ぺろりとプリンを平らげた。
こんな面白い反応が見られるなら、次のバイト代が入ったときには、オトが食べたことのないものを買ってきてあげようかな。
「……おっと」
ちゃぶ台の上でスマホが振動する。
オトがうっとうしそうな顔をしたので、急いで手に取り、受信ボックスを開いた。
「お返事きた?」
「……」
うん。
そんな気はしてたんだけどさ。
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