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猫屋敷のネコ
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「ーーねこ飼ってんなら、もっと早く教えてくれてもよかったのに!」
こたに駅まで迎えに来てもらい、並んで歩きながらこたの家を目指す。
おれの足元にぴったりとついて来るオトをにこにこと見つめたまま、こたはおれの背中を叩いた。
おれは苦笑してこたの言葉を流す。
正直今すぐにでもUターンしてしまいたくて仕方なかったけど、そんなことしたらあとでオトになにを言われるか分からない。
こっそりため息をつくおれを気にもとめず、こたはまだオトを眺めていた。
「こた、ちゃんと前見て歩かないと転ぶぞ」
「だいじょぶだって〜
はあ、オトちゃんってほんと綺麗だなあ」
ちゃんって。
一応オスなんだけどな……
そんなオトはというと、ツンと前を見たままさっきから一言もしゃべらない。
こたの前だとどうせ口をきけないから敢えてなにも言ってこないのか、人目もはばからずはしゃぐこたにあきれているのか……
いずれにせよ、この先に待ち受けているであろう出来事が憂鬱であることは変わらない。
おれはもう何度目か分からないため息をついた。
「ようこそ、我が家へ〜!」
「……まじかよ」
そこは、そう、冗談抜きで本物の〝屋敷〟だった。
威圧感たっぷりの鉄の門構え。
オートで開く門をくぐると、その先には緑と鮮やかな花のガーデン。
そしてあちこちに、猫を象ったオブジェや、装飾が設けられていた。
実際の長さよりも一層長く感じる石畳を歩き、玄関に立つ。
玄関の扉もこれまた大きくて、しかも鍵は指紋認証だった。
指紋認証だぞ、指紋認証。
まさかこたの家がここまでセレブだったなんて。
おれは呆然としてしまって、本来の目的も忘れ、こたに促されるままのこのこと残酷で非道な飼い主の住む〝猫屋敷〟へと、足を踏み入れてしまったのだった。
……そして、
『帰ってきたぞーーッ!!』
一気に夢から覚めるような心地がしたのは、その直後だった。
頭の中からつんざくような叫びを聞いたと思ったら、複数の老若男女様々な、まるでこれから戦でも起こりそうな勢いで逃げ惑う悲鳴が、頭の中に反響していく。
ガンガンと頭を四方から殴られているみたいだ。
気分が悪い。
たまらずしゃがみ込んで頭を抱えたおれの背中を、こたが慌てた様子でそっと撫でてくれた。
「おーじ、どったの?
体調悪い?」
「……」
こたは、優しい。
もしも今の声が、こたに向けられた猫たちの恐怖の叫びなのだとしたら……
おれにはそれが理解出来ない。
「……大丈夫、ありがとう」
頭を押さえて立ち上がる。
こたはまだ心配そうな表情をしていたけど、おれはちゃんと確かめなければと心の中で強く思った。
こたが猫たちになにをしてきたのか。
猫たちはどうしてあんなに怯えるのか。
確かめたい。
「今うちみんな留守なんだよね〜
お茶いれてくるから、ちょっと待ってて」
リビングからこたが出ていって、おれはひとり、広すぎる部屋を見渡す。
この部屋だけでおれのアパートの二倍以上はあるだろう。
ここまでくると、羨ましい通り越して感心するしかない。
内装はやはり猫一色だった。
カーテンの柄も猫なら、カーペットも、棚の装飾も猫、猫、猫。
こんなに猫を溺愛しているのに、猫たちはどうしてこたに怯えているのだろう。
「……あれ?」
ふと気付いて、足元を見る。
一緒にいたはずのオトが消えていた。
確かに、家に入るまではいたはずなのに……
「どこいったんだよ……」
おれは心の中でこたに謝って、リビングをこっそりと抜け出した。
「それにしても、広いなあ」
まっすぐ続いていく廊下を歩きながら、改めて呟く。
生きているうちにこんな豪邸にお邪魔することが叶うなんて夢みたいだ。
……なんて、そんなのんきなこと言ってたらオトに呆れられそうだ。
「つうか、本当にどこ行ったんだろ」
そう呟いたところで、おれはふと、背後から微かな囁き声が聞こえることに気が付いた。
思わず足をとめ、じっと耳を澄ませる。
二つの声は、ひそひそと言葉を交わしているらしかった。
『ねぇ、やっぱり危ないよう……』
『キク、大丈夫だ。
ぼくのことは気にしなくて良いから』
『あんちゃん……』
『だから、キクは必ず逃げ切って、みんなにこのことを知らせるんだ。
できるな?』
『うん……
うん、キク、出来るよ』
『よし。
いい子だ、キク』
「…………」
猫の兄妹だろうか。
キクと呼ばれた方は、どこか頼りない、か細い声。
それに対して、あんちゃんと呼ばれた方は、はっきりとした芯のある、力強い声。
逃げ切るとかなんとか言っていた気がするけど、もしかしておれのことをはなしているのだろうか……
『ぼくがあの人間の足を止める。
その間に、キクは全速力で向こうへ走り抜けて、みんなにこのことを伝えるんだ。
絶対、どちらへ曲がったかは見られないようにするんだよ』
『うん、分かった』
『よし、それじゃあ、ぼくが合図をするから、それと同時にここから飛び出そう。
いいかい、キク』
『うん、あんちゃん!』
ははあ、なるほど……
この廊下の向こう側に、きっと猫たちが集うスポットがあるんだな。
そこへ向かっている途中におれという障害物が立ちはだかり、切り抜けるためにあんちゃんがおとりに、そのすきにキクがおれを振り切り、皆におれの存在を知らせんとしているってわけだ。
今回の目的を果たすには猫たちのはなしを聞かなきゃならないから、どちらにせよその場所は捜すことになるんだろう。
それなら、今無理矢理あの二匹を捕まえて、場所をはかせた方が早いか……
いや、そんな手荒なやり方じゃ牽制されるだけだよな。
どうにかして、おとなしく案内してもらう方法はないだろうか……
『……よし、行くぞキク!』
『うん、あんちゃん!』
……ん?
『うおおおおおぉぉ!!!』
「うわ、ちょっ、待って!」
雄々しい叫び声とともに廊下を駆ける足音が聞こえてきて、おれは慌てて振り向き、突進してくるあんちゃんを寸でのところでかわした。
あんちゃんはイケメンな声の割にものすごいデブ猫だった。
まさかかわされるとは思ってもみなかったらしく、足を滑らせたあんちゃんは、たるんだ腹で廊下をスライディングした。
それを見たおれは不覚にも噴き出してしまった。
『くっ……!なんのこれしき!!』
そして再び立ち上がると、もう一度おれの足目掛けて突っ込んでくる。
からだが重たいせいかどうも動きが鈍い。
おれは余裕で避けられるけども、このままではあんちゃんが怪我をしかねない。
おれは迷った挙句、キクが消えて行った廊下の向こうを指差して叫んだ。
「あっ大変だ!キクが!!!」
『えっキクが!!?』
あんちゃんは声を裏返らせながら、焦った様子で廊下を振り返った。
よし、今の内……!
『うおっなにするはなせ!!』
背後から巨体を押さえ付けると、あんちゃんはシャーッと威嚇しつつじたばたと抵抗した。
「落ち着けって、おれはお前の敵じゃないんだ」
『そんなの信じられるか!!』
「本当だって!
おれは、きみたちの声をこたに届けるためにここに来たんだ……!」
ぴたりと、あんちゃんが暴れるのをやめた。
『コータローに……?
あっ、えっ?な、なんでお前……っ!?えッ!!?』
うん、あんちゃん、それが正しい反応だよ……
今まで出会ったどの猫も、おれと話せることに全然驚かないんだもんなあ。
なんか普通な反応が見られておれ嬉しい。
「うん、だから、おれをみんなのところへ案内してほしいんだ。
こたが、きみたちに何をしてきたのか、はなしてほしい」
『……………』
「……もし、きみたちがこたのせいで苦しんでいるのなら、おれはみんなを解放してやりたい。
だから、頼むよ」
懇願するようにゆっくりと言い聞かせる。
あんちゃんはしばらく悩んだ後に、ためらいながらも頷いてくれた。
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