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冬弥と出会ったのは、ちょうど二年前の春先――雪斗の姉、さくらの恋人として彼が実家にやってきた日だった。
「はじめまして、雪斗くん。冬弥です」
好青年をいう字を辞書で引いたら、きっとこんな人が出てくるだろう。
雪斗が抱いた印象のまま優しい声で挨拶してくれた冬弥は、親しみやすい笑顔で握手を求めてきた。握ると、ふわっと胸の中で何かが浮足立つ。
「本当に姉弟そっくりなんだね……可愛いな」
握手のあと、冬弥は雪斗の頭を撫でた。子どもにするみたいに、ぽんと頭上で大きな手が跳ねる。
あとから思えば、雪斗が冬弥への恋に落ちたのはきっとこのときだ。
恋愛ごとに疎く、おっとりのんびり育った雪斗が転がり落ちてしまうほど、男の微笑みの威力はとんでもなかった。
だが、彼はいずれ自分の義兄になる。
姉の歴代彼氏の中で文句なしに最もいい男を前に、雪斗は己の恋を自覚できていないまま漠然とそう感じていた。二人が結婚したならば、鈍い雪斗は横恋慕に気づかなかったかもしれない。
彼らが破局したことを知った日、胸中に芽生えた力強い歓びを目の当たりにしてようやく、雪斗は冬弥への焦げつくような欲求を認識したのだから。
自覚のないまま育ててしまった初めての恋情に突き動かされ、雪斗は姉というつながりを失った冬弥の元へ足しげく通うようになった。冬弥は迷惑がらず、いつも快く雪斗を迎えては穏やかな時間を過ごしてくれた。
――不自然な関係が変わったのは、一年前のことだ。
姉の婚約を告げたとき、冬弥はぼんやりと宙に視線をさ迷わせていた。あたかも、そこに何か愛しいものを思い描くように。
「結婚か……いいね」
落とすように微笑む横顔を見つめ――雪斗が感じたのは、溺れるような息苦しさだった。
(冬弥さんは、今も姉さんが好きなんだ)
対して雪斗は元恋人の姉弟で、十も年下で――男だ。
恋愛対象になりえない理由しか持っていない。ここまで自分を騙し騙し繕ってきたが、もう目を逸らすことはできなかった。
「――冬弥さん」
「ん?」
早くこの恋を埋めてしまうべきだった、と気づいても、もう遅い。
雪斗は手の中にある姑息な切り札を使わずにいられないほど、なりふり構わない恋をしていた。
「俺の、恋人になってもらえませんか?」
紅茶色の瞳が驚愕に見開かれ、そこに雪斗が映りこむ。豊かなロングヘアでもなければ折れそうに華奢でもなく、ワンピースを着てもいない。
だが黒目がちな大きな瞳も、高すぎず低すぎない鼻も、柔らかそうで自然な赤みの差すぽってりした唇も――さくらと瓜二つだった。
(今も姉さんが好きなら。姉さんと、同じ顔なら……)
驚きをどうにか収めたらしい、冬弥が息をつく。
「雪、……あのね」
「一年間だけでいいんです」
雪斗は彼が落ち着いた低音で諫めてくる前に、にこりと笑って遮った。
真っ白になりそうな頭に、慌てて言い訳をいくつも並べ立てる。落ち着くな。ためらうな。とうに後戻りはできない。
「この間、彼女に振られちゃったんです。男らしくないとか、そういう理由で……」
「……それで?」
「俺が一番憧れる男の人は、冬弥さんなんです。だから冬弥さんの恋人になれば、俺もカッコイイところを真似できるかなって。練習……というか、だから、一年が無理なら、ほんの短い期間で、いいというか、あの」
言いながらも、無茶苦茶な理由だ、と苦い気持ちだった。恋人なんて、いたこともないくせに。
例えば雪斗がこんなことを言われたら、呆れるか、馬鹿にされたと怒るか、落ち着くように促す。だんだんと貼りつけた笑みも自信がなくなってきて、最後はしどろもどろになった。
断られる。当然だ。
無計画な嘘を心底後悔したときだった。
「――いいよ。一年だね?」
いつの間にかうつむいていた雪斗は、呆気にとられた顔を上げる。
冬弥はいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべたまま、食後の挨拶をするのと同じくらい軽く続けた。
「一年だけなら構わないよ」
信じられない、と思った。
いくらなんでも、顔が姉と同じでも、こんなに雪斗に都合のいい答えがあっさり返ってくるはずがない。
だけど「本当に?」と確認する勇気もない。
もし本気だったとき、「やっぱりやめよう」と言われたら、きっと泣いてしまう。
「冬弥、さん」
「そんなにビックリした顔しなくても。まあ、雪が思うほど僕がいい男かどうかはわからないけど……どうせなら一緒に暮らしてみるのもいいね」
「え……」
「一年間、恋人としてよろしく。雪……好きだよ」
あたたかくて、乾いた少し硬い指先が、雪斗の頬をそうっと撫でる。ここにキスをするよ、と予告めいた仕草のあとには、すぐさま薄い唇が柔らかく押し当てられた。
愛しい者に――恋人にする触れ方、慈しむ眼差し。
もう一度囁かれた「大好きだよ」という告白に笑い返すのが、雪斗の精一杯だった。
(俺は……なんてことを、したんだろう)
雪斗が嘘をついてまで得たものは、一時の慰めと、二度と真実を告げられない未来だった。
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