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一陣の風が背後から吹き、待ち望んでいた声が聞こえた。
「っ!」
ガン!と強い衝撃がきて、拘束されていた者と共に地面へ倒れる。
だが、寸前のところで抱き止められ首に回っていた腕が解かれた。
(ぁ……)
ふわりと香る大好きな匂いと、背中に回される大きな腕。
「リシェ、もう大丈夫だ」
「アー、ヴィング…さま……っ!」
ぶわりと溢れる涙を、鎧の胴が優しく吸いとってくれる。
未だヒュウヒュウ音を立てる呼吸を整えるように、背中の腕が一定のリズムを刻んでくれ。
そして、背後でもう片方の腕が剣を構えた。
「こりゃぁ驚いた、騎士団長さんの番だったのか。
そうか、だから兵士たちもこんなに……はぁぁつくづく運がねぇなぁ俺は」
兵士や僕に気を取られ、後ろがガラ空きだった。
一瞬の隙をついたアーヴィング様の一手。
体制を崩した瞬間、待っていたように兵士たちが動き周りを囲んだ。
「王妃様もご無事だ、お前たちの計画は潰れた。本当に運が無かったようだな」
「はっ、そうかよ……俺たちを殺すのか?」
「いいや、今度は我々の交渉材料になってもらうそうだ」
剣を地面に捨てさせ、両手を上げさせながら冷たい声が淡々と話していく。
「お前らを捨てた者共は未だ門前にいる。
その者と共に牢へ入ってもらい、国の貿易材料となってもらうよう宰相から指示があった。
〝そちらから同盟をと申してきたのにセグラドルにこの様な牙を剥いた。いい証拠だ。これで重い課税を与えることができる〟とな。
そして、お前が身につけているその鎧。部屋の窓から侵入しそこから再び逃走とは、余程軽い素材でできるようだな。そのくせ頑丈……この技術は我が国でも使えそうだ。
利用するだけ利用し尽くしてやるから、そのつもりでいておけ」
「運べ」という指示で両腕を拘束され、その者は抵抗もなく兵士たちに連れて行かれた。
「団長、リシェ様は……」
「もうしばらく落ち着けてから医務室へ運ぶ。無事だ」
「承知しました…」
チラリと心配の視線をもらいながら、残りの兵士たちも去っていく。
(おわ、った……)
その場に座ったアーヴィング様の膝にのり、額を鎧に擦り付けながら目を閉じる。
大丈夫、大丈夫。
もう全部おわった、終わったから……
「リシェ」
優しく呼んでくれる声、体温、匂い。
全てを五感で感じ取り、ひたすらに吸って吐いてを繰り返す。
そしてーー
「………リ、シェ? 震えが…止まって……」
「はい。もう、怖くありません」
驚くその目を真っ直ぐ見つめ、笑った。
鎧の姿のまま抱かれているのに、身体の震えが止まった。
あの瞬間の映像が頭をよぎることも、あの兵士とアーヴィング様が被って見えることも、無い。
腰に戻された剣の握り部分を撫でる。
まだ温かさが残るそこ。
それは、自分を守ろうとしてくれた温度。
もっと簡単に僕を救えたはず。
この剣で刺せば、すぐに終わった。
なのに、あえてこの持ち手の部分で衝撃を与え地面に倒した。
ーーきっと、僕の前で血を見せたくなかったからだ。
(っ、優しいな……)
僕のトラウマのことを考えた最大限の譲歩。
咄嗟の判断でそんな気遣いができるのは、絶対にこの人しかいない。
この、心から自分を想ってくれている…このαしか……
「リシェ……」
伸ばされた鎧の指先が、そっと頬に触れる。
それは肩、腕、腹、脚へどんどん移動していき、最後にもう一度頬へ戻ってきた。
「良かっ、た……本当に、良かった」
「はい、はい…っ」
触られることが嬉しくて、さっきとはまた違う涙が浮かんでくる。
あんなに取り乱しても、ずっと待っていてくれたから。
僕のことを見放さず、隣にいてくれたから。
兵士も、貴方も、みんなみんな
あんなに傷つけたのに……変わらず暖かかったから。
だから僕は、これを乗り越えられたんだと 思う。
「キスしても、いいか?」
「はい。ぁ、でもさっき吐いてしまって……あぁ、鎧が!服に付いてたの忘れてました、ごめんなさっ」
「いいんだ、鎧は汚れる為にある。
俺はまったく気にならないから、いいか?」
「ぁ……っ、ん」
ゆっくり近づいてくる顔に目を閉じると、ふわりと重なる唇。
久しぶりの口付けは、特有のツンとする酸っぱい味と涙のしょっぱい味。
それから、包み込むような幸せの味がしたーー
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