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来碧さんとお付き合いを始めて3ヶ月ほど。
昨年は24時間仕事に没頭しても終わらなかった決算のための処理が、かなりスムーズに進んでいる。
その理由は至って簡単だ。
何せ──。
「澄晴!さっき棚卸し始めたから入荷少し待っててもらえるか?」
「了解です!」
「澄晴〜!書類のミス悪かった。出し直したからこっち使ってくれ!」
「わ…助かります!」
俺の番は現役の警察官である。
その事実が知れ渡った途端、同僚達はこれまでの事が嘘のように
俺へ押し付けていた作業を自らの手で進めるようになったのだ。
来碧さんに彼らを失業に追いやる権限などある筈もないのだが、それを正直にバラせば再び残業地獄が待ち受けているのだから、暫くはこのままで行こうと決めている。
少しでも早く帰る事ができれば、来碧さんと一緒に過ごす時間も増えるしな。
終わりの見える仕事というのは単純にやる気が出るし、外が明るいうちに会社を出られた時の開放感が気持ち良い。
だから、こんな小さな罪悪感は早いところ消し去ってしまおう。
あれから、時間を作っては何か所もの物件を見て回り、最近ようやく来碧さんと一緒に暮らす予定を立てる事に成功した。
フレックスタイム制にも関わらず、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで残っている俺と
何処に居ようと問題が起きれば否応無しに職場に繰り出される来碧さん。
そんな二人が少しでもそばに居る時間を増やすためには、これが一番良い方法だったのだ。
来碧さんも、はじめこそ不安だの気を遣わせてしまうだのと渋っていたが
今では休憩時間に通販サイトで見つけたらしい良さげな家具の画像を送ってくる程度には楽しみにしてくれている。
正直、初めの渋りも照れ隠しだったのではないかと自惚れてしまう。
来碧さんは、あの事件以来暫くの間休職していたものの先月から復帰。日頃の功績が讃えられ、今年度からはここから少し距離のある警察署の方で働いているらしい。
因みに彼を襲った警官は勿論懲戒免職、事情を知りながら見て見ぬ振りをした輩もこっ酷く叱られた後、地方の交番に飛ばされたそうだ。
俺には警察内部の事情はよく分からないが、来碧さんのこれまでの努力が周りにしっかり認められており、
性差別をも超える厚い人望があった事は間違いないだろう。
俺の番は今日も街の平和を守る
強くて立派なお巡りさんだ。
「澄晴、もう昼だぞ。あっちで飯食おうぜ!」
「あ、あぁ…ありがとうございます。」
「俺達同期なんだから敬語やめろって〜!」
「そう…だな、すまない。はは…。」
少し前の自分なら、散々人をいいように使って来たコイツらと休憩時間を共にするなど考えられなかったが、心に少しの余裕を持てるようになった今ではそんな事は気にならない。
それも、間接的とはいえきっと来碧さんのお陰なのだ。
「……でさ、聞いてくれよ。」
「?」
俺を混じえた数人の休憩室で、他愛もない会話が繰り広げられる。
今日の話の主役であろうαのこの男、まだ記憶に新しい草津に眠る問い合わせの件を探しに出向いた彼女とは別れ、今は新たな出会いを求める最中らしいが、
何故か朝から顔色が悪かった。
「昨日早く帰れたからさ、久しぶりに友達と飲みに行ったんだよ。そしたら……うっ…おえっ。」
「だ…大丈夫だ!お前はもう話すな。飯が不味くなんぞ。」
同僚に背中を摩られ、まだ食べかけのクリームパンを片手に突っ伏している。
その様子を来碧さんの手作り弁当を味わいながら眺めた。
「何があったんだ…って、聞かない方がいいか?」
「いや、代わりに俺が話すよ。」
俺をここに連れ込んだ人物は、クリームパンを燃え尽きた灰と化した彼の手から抜き取って答える。
「オカマバーのキャッチがしつこくて遊び半分でついて行ったらしいんだ。そしたらそこの従業員にやべえのが居て、危うく掘られそうになったんだとよ…。」
「へぇ……そりゃまた災難だったな。」
想像するだけで悍ましいその光景に、思わず俺の手も止まって
室内はしんと静まり返る。
来碧さんのようなΩ性であれば、身体の作りからしてそうであっても何もおかしくはない。
だが、俺達は別だ。
子種を植え付ける事に特化した身体であるが故に、自分が下になる事に対する抵抗は恐らく他の性別の人間よりも強い。
こればかりは、どんなに来碧さんに頼まれても首を縦に振ることはできない謎の自信があった。
「しかもよぉ…その人、αなんだぜ……誰が好んでデカマラの髭ヤローに抱かれたいと思うんだよ…っ、うぅ……。」
「わかったからお前もう喋んな。顔真っ青だって。」
平日の真昼間からとんでもない話を聞かされてしまったものだ。
これなら人付き合いなど考える暇もない以前の俺のまま、スケジュールでも組みながら一人飯をしていた方が幾分かマシなような気もするが…。
「まぁその…なんだ、男と番った俺が言える事は……相手の気持ち良い所とか大体把握してるしされてる分…その、盛り上がる、ぞ…?」
「おまっ、そりゃαとΩだからだろうが!!!!
…つーか澄晴も下ネタ言う事あるんだな。」
「え?え…ぁ……っ。」
しまった。つい口が滑って余計な事を…!
もしこの会話を来碧さんに聞かれていたならば、真っ赤な顔して本気の拳骨を脳天に落とされる所だっただろう。
日常会話とはいえ、言っていいことと悪いことの分別はもっとつけるべきだよな…これまであまりにも人と話してこなかったせいで、線引きが曖昧だ。
今のは忘れてくれっ。
そう言おうと口を開いたその時、クリームパンを再び口に入れる彼と、その隣で背中を撫でていた彼、それから他の数人も、皆口元が緩んでいる事に気がついた。
「っはは!今まで全然話さなかったから知らなかった。澄晴って普通に面白い奴なんだな〜。」
「思った!なあ、今度ポリの新妻見せてくれよ。」
「澄晴の番っつったらー…やっぱ頼れる綺麗系?それとも案外澄晴がリードしてたりすんの?」
「え……っと、どうだろうな…。凄く強くて、格好良い人だよ。礼儀正しいし…でも目を離すとすぐ煙草吸ってるから…たまに、心配…かな。」
今まで、ずっとずっと普通の人生を送りたくて必死にもがいていた。
俺だけを優先する世界、俺の性別しか見てくれない世界。
俺だけが見下される世界、俺を遊び道具にされる世界。
そんな道を歩んできた自分にとって、一番憧れていたもの。
当たり前のようで、そうではない。こうして来碧さんの話を他の誰かに…それも会社の同僚にできる日が来るだなんて思っても見なかった。
「機会があれば…紹介、する。」
「よっしゃ!その言葉で残りのクリームパンいけるわ!」
「はは、大袈裟だな…。」
最近は、明日が来ることが怖く無くなった。
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