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PAGE.2
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透が落ち着いたので、隣へ並んで彼の肩を抱くようなかたちで、体を寄せている。
横を見れば、今の今まで泣いていた彼の、暗い顔。これが彼の、笑おうとしていない本来の表情なんだろうなあ……。
「……嫌じゃない?」
ふと、透が聞いてきた。
「何が?」
「自分の付き合ってる相手が、リスカしてるって」
「別に、嫌じゃないよ。透自身が変わっちゃったわけじゃないんだし」
ただ、心配ではある。痛いだろうなって。そして、気にもなる。何が彼を、そこまで追い詰めたのか。
けれどどうやって聞き出そう。考えていると、気づくことがあった。
そういえば、今日はいつもよりも、透の部屋が綺麗だ。
透は、絵を描く。だからいつもここへ遊びに来ると、部屋の隅にイーゼルが立てかけてあったり、シンクに絵筆が置いてあったり、その辺に絵の具が転がっていたりーーー必ずどこかしらに絵に関するものを確認できる。結弦はそういうのが、透らしくて好きだったのだが、今日はそれが一つもない。
こんなこと数え切れないほどここを訪れて初めてだなと思ってすぐ、胸を撫でる厭な予感。
まさか。
「あの、さ」
「ん?」
「絵とか、画材とか……全部、クローゼットの中?」
「いいや」
捨てた……。
一言そう返ってきて、結弦の心は急激に冷えていく。
捨てたって。やめたってことか、あんなに好きだった絵を。
一体なんで、と聞こうとして、はっとする。たぶん、繋がっている。彼が絵をやめてしまった理由と、自分を傷つけるようになってしまった理由。そして、別れようなんて言ってきた、理由。
結弦は密かに、深呼吸を数回繰り返す。無理に話せとは絶対に言わないけれど、話して欲しいと思ったから。
自分は彼のことが好きだから、どうしても、知っておきたいと思ってしまう。つらかったことも、嬉しかったことも。
「絵、嫌になったの?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど……。……いや、そうなの、かも……」
曖昧な、いや複雑な、答え。結弦はその先を、聞く。
「その。こないだ俺、一回実家帰ったって言ったろ」
「うん」
「結弦に、言ってなかったんだけど。そのときに、母さんと喧嘩して」
透が、両親とあまり仲がよくないのは知っている。透に、会社に勤めて安定してほしい両親と、絵で生きていきたい透。思いの相違……だ。
しかし、喧嘩した、ということは言い合いになったということだろう。
結弦は彼と付き合ってもう七年目になるけれど、嫌なことがあると怒るよりもひたすらに落ち込むタイプの彼が、誰かと言い合いになっているところなど見たことがない。
「家族と喧嘩なんて、やったことなかったけど……やっぱり絵のこと突っ込まれて、腹、立って。自分でも気にしてたことだから、余計に」
「うん」
「俺が怒ったから、あっちもさらに怒るだろ。それで、叫ぶみたいにして言われたんだよ。『あんたの絵なんて、金出してまで誰が欲しがるのよ。そんな無意味なことばかりやってないで、真っ当に生きたらどうなのよ、この恥晒し』って」
「………」
黙って聞く結弦の胸に静かに灯るのは、怒りの火である。
なんて酷いことを。それって、一番言ってはいけないことではないか。それで透がどれほどに傷つくか、母親のあなたが分からないでは……。
「それで俺……なんにも、言い返せなかったんだよ。だって実際、売れてないんだから。『俺には才能がない』、ずっと見て見ぬ振りしてたけど、はっきり、分かって。母さんの言った通りだ。無意味だよ、適正のないやつがそれをやり続けていくのは」
透の、暗い声。
透と二ヶ月も顔を合わせられなかったのは、自分が現在出張中だからであるが、結弦は、このタイミングでそんなであることを、呪わしく思った。透はメールや何かで雑談をするのが得意ではない。電話も数回したけれど、こちらが忙しくて、そんなに時間が取れなくて。……気づけなかった……。
「結弦に相談しようかとも、思ったんだけど……こんなこと言ったって、結弦も困るし。結弦に迷惑、かけたくないし」
「そんな、迷惑だなんて」
「……ふふ。で、不思議なんだけど。自分のこと傷つけたら、つらいのがましになるような気がして。……それで……」
透が、そこで言葉を切った。その先は、言われなくとも分かる。
ーーーこれが、彼が自分に傷をつけるようになるまでの経緯。
「ほんとは結弦と会うまでに、やめようって思ったんだけど」
「気にしないで。さっきも言ったけど、リストカットしてるくらいで僕、透のこと嫌にならないし」
「……ありがとう」
透の体温と、透へ移っていく自分の体温。少しでも癒されてくれたらいいなと、思わないではいられない。
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