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BPM96にしおりをはさみました!
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BPM96
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ツアー終わって俺らはそれぞれスタジオ籠って曲作りに勤しむ日々に戻った。合間に取材、取材、取材、収録、撮影、収録。曲作りと言ってもまだまだそれほどタイトなスケジュールじゃないからのんびりしたもので、浩弥は別所でボイトレだか遊びだか別の仕事だかで不在だった。
で、俺がシンセで遊び弾きしてる部屋にストラト持った孝太がひょっこりと顔を出す。暇だから構えなどと宣う。
「暇なら一曲上げろよ、なるべく早急に」
「えー、だって締切とかまだじゃん遥か未来じゃん」
それで毎回8月30日から徹夜で夏休みの課題やるみたいなカオスになるわけですね学習しろよこの変態オナニーギタリスト。
「ギリギリに曲上げてきてそのあと編曲と打ち込みやるのはいったい誰ですかねコータさん?」
「えー、誰でしょ?」
「てめえの締切乗り切ってヘロヘロのグダグダで俺の質問にも一切答えてくれなくなる傍迷惑極まりないギタリストのせいで死体以下になる俺ですよ、俺」
「あっ、刺さった、ぐさぐさ刺さった、俺は死ぬ」
「死んでるヒマあったら曲作ってくれ、俺は死体以下だ」
「やーだって俺は進みたいに才能ないしー」
子供みたいに拗ねた口調でぶちぶち文句垂れながら、孝太はストラトをアンプに直で繋いだ。アンプのつまみを弄ったりしながら音を調整する。孝太にしてはディストーション弱めのクリーントーンが鳴って、孝太はそこらに置いてあった椅子を手繰り寄せてどかっと座った。
一応、案ぐらいはあるらしい。
「マイク」
「ねーよ」
マイク、あるにはあるが。俺歌わないのにマイクなんかセッティングしているわけがない。
孝太は細く削りすぎて吊り上がった眉の下で甘い垂れ目を歪めた。手を伸ばしてアンプのマスターゲインを絞る。あーあーあーテステス、なんてマイクチェックっぽい声を出してそれはいったい何のチェックだというのか。
その間にも抱え込んだギターで分散和音を奏でる手は止めない。オナニー覚えたサルがずっと性器弄ってるみたいにギターから手を離さなかった。
Aのメジャー。イ長調。
ルートだけが降下する、謂わばありがちなコード展開。けれどとても優しい。BPMは100切るかもしれない。
――バラード?
孝太が生の声でメロディを乗せる。歌詞がないからハミングとスキャットで歌う。甘くしゃがれた孝太の声。孝太はそこいらのボーカリストなんかよりも余程歌が上手いし良い声してる。浩弥とは声の性質が違うから比べられるとしたら音域ぐらいで、そこは流石に劣るが、それでも俺のような素人とは比較にならないほど音域も広い。
ギターが不思議なコードを奏でた。ちゃんと勉強したわけじゃないからわからないコード。Add9とかそんなやつ。ギターって楽器は時々意味の分からないコードを鳴らす。
孝太の歌うメロに頭の中で三度上のコーラスを付ける。プリセットから合いそうなドラムパターンを呼び出し、ごく小さな音でBPMを合わせた。スタート切り直して徐々にボリュームを上げると孝太の方がそのリズムに合わせた。
とても切ない旋律は孝太の音域に合ったメロだ。浩弥が歌うのであれば、もう少し高音でも映える。Aメロは逆にもっと低音でも心地良いだろう。
「キー上げた方がいいかもな」
「あーヒロの音域?」
「うん。……いや、メロだけ上げる。あと、もう少し遊び入れて」
「それ俺歌えないから後ヨロシク」
歌い終えた孝太が俺にメロディ部分の精査を押し付けた。ため息をつきながらもリズムパターンの音量を上げる。孝太もまた、音量を上げて、そこにざらついたディストーションを混ぜた。
コードパターンはセブンスまでなら頭に入った。主旋律も大体覚えた。孝太が鳴らし始めたAメジャーのリフに合わせて先ほど聞いたばかりの曲をリードの音色で乗せる。手癖にはないコードに途中で何度か躓きながら、同じフレーズを繰り返して固めていく。
こうやって二人で共同作業するようになったのは、アニメの主題歌に使われた出世曲からだ。俺は鍵盤の手癖が強くて突飛なコード進行が思いつかず、孝太は鼻歌でメロを作る関係上自分が歌えない音域では作れない。二人でセッションしながら作ることを覚えてから、持ち曲のカラーは格段に増えた。
「クレジット、共同名義でいく?」
孝太が言った。
「どっちでも」
鍵盤に指を乗せながら俺は答える。
孝太はもうコードを弾いていなかった。気持ち良さそうにチョーキングで泣きを入れて、俺は俺で浩弥の歌声を想像しながら左手でモジュレーションを掛ける。
優しく、穏やかな、ラブソングだ。
孝太が持ってきた楽曲は、歌詞がないのに浩弥への想いで溢れていた。
ライブ直後のマスターベーションに似ていた。浩弥を想いながら二人でオナニーしてるみたいな演奏だと思った。
「……これ、マジでプリプロ提出すんの?」
「あー……どうしよ、没かなぁ」
孝太は同じことを感じていたらしい。
ラストノートが途切れた後で深く溜息をついていた。
「コータさんコータさん、……ヒロに言うなよ?」
「分かってる」
孝太の気持ちに浩弥が気付いたら。バンドクラッシャーの奴のことだ、辞めると言い出しかねない。
こうして他人と共同で曲を作る醍醐味と、男ばかりのメンバーでバンド内恋愛禁止などという厄介事と、その両方に挟まれてあまりの面倒臭さに眩暈がした。
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