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敗北 -8ーにしおりをはさみました!
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敗北 -8ー
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「木田!おいお前!いきなりどうした!?」
櫻井が考え始める間もなく、先程こちらを追いかけていた男が追いついて、木田という男の肩を掴んで揺さぶりだした。
そのとき、木田はやっと櫻井の襟元を放し、櫻井は呆けつつも、手は無意識にネクタイを直していた。
「だって……こいつ、このままじゃ……」
「……分かった、とりあえず落ち着け!あの、大丈夫ですか!すいません突然、俺もよくわかんねぇけど、こいつが変なことして!!」
自分の存在を思い出した男がパッと櫻井に向き直って、頭を下げてきた。櫻井は改めて2人の姿をちゃんと眺めてみた。
2人ともギターケースのようなものを肩にかけていて、髪の毛も男にしては長いし、服装も妙に黒くてアクセサリーが多い。
まず真っ当にサラリーマンをしているわけではないだろう、自分とは住む世界の違う人間だ。
「すいません、どうかされましたか?」
遠慮がちに近づいてきた駅員が、櫻井の側にひょっこりと立って尋ねてきた。
確かに、どう見ても会社に行く格好の自分がこんな2人に絡まれていては、なにか良からぬ騒ぎと捉えられても仕方がないかもしれない。
「いえ、大丈夫です……仕事が……」
櫻井は早々にこの場を立ち去ろうとした。
別に助けてほしかったわけでも、生きて面倒事に巻き込まれたかったわけでもない。
命があるなら、今までどおりの日々を送る以外に、櫻井に選択肢は無かった。
しかし電車を振り返ったときにはもう遅かった。プシュゥ……という音とともに扉が丁度閉まり、それをその場にいた4人が、ただ立ちつくして眺めていた。
「……大丈夫です」
櫻井は諦め混じりに駅員に笑いかけた。愛想笑い以外の、勝手に出てくる笑顔を顔に浮かべるなんて、いつぶりだろうか。
駅員の方は、ばつの悪そうな笑顔で一礼をして、スゴスゴと去っていった。残った3人の間で妙な沈黙が流れ、お互いの顔を見合わせていた。
「アンタさ、メシ食ってんの?」
何を思ったのか、木田は櫻井を相手にそんなことをきいてきた。
「……いや、食べてない、ですけど」
櫻井はこの若者相手に、どういった言葉を使おうか決めかねた。
「それだ、それだよ。だからアンタ、バカなことすんだよ。……付き合うから、メシ食えよ」
「はっ?」
声をあげたのは、櫻井ではなく、隣にいる男だ。
「お前な、リハ遅れたらどうすんだよ……!」
「あー……他のバンドが先やんじゃねえの」
「それで怒られてまた出禁のハウス増えたらだな……!」
2人がボソボソと行うやりとりに入り込めず、櫻井はどうしたものかとその場に立ち尽くした。
「あーもうっ!勝手にしろ!ただし今回捌けなかったチケット分のノルマはてめーが払え!」
最終的には、まだ名前の分からない男の方がやけ気味に声を荒げて、結論が決まったようだ。
「いいよ払ってやんよ上等だ!だからアンタもさっさと来い!」
木田の方も櫻井に向かって声を荒げ、櫻井はいかんともしがたかった。
「……勝手にしてくれ」
仕事のことは気になったが、どうせこいつらがいなければ、行かなかったかもしれない所だ。肩をいからせて先を歩く2人に、櫻井は後ろからついていった。
自分を助けてくれたこの男に、まだ何か救いを求めていることには、気付かないふりをしながら。
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