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正体 1
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「…はぁ…」
俺は今、悔しくて、情けなくて、ムカついていて、モヤモヤしている。
一言で片付けてみると、憂鬱──だ。
商売を始めてから、色んな不都合や、思い通りにならないことは沢山あった。
その度にルールを変え、やりやすいようにしてきたんだ。
けれど2週間程前…今までで最大の大失態をやらかしてしまった。
思い出すだけで、頭が痛くなる。
くっそ…!
頭を左右に勢いよく振り、忌ま忌ましい記憶を振り払う。
とりあえずは、目の前の荷物を片付けることに集中することに決め、服や本、靴などのかさ張るものを次々と段ボールに詰めていく。
三つの段ボールに納まった荷物を部屋の端に移動させ、ざっと部屋を見回す。
「しばらく…この部屋ともお別れか」
──ねぇ、母さん。
母さんの夢、ひとつ叶えたよ…。
朗らかに笑う、母さんの笑顔が甦る。
「…ふぅ。…行くか。」
しんみりした雰囲気を払うようにひとつ息を零し、パーカーを手に取り家を出た。
めったに来ない昼間の街。
平日なのに学生の姿を見かけるのは、今が春休み期間だからだろう。
夜とはガラリと変わる雰囲気に、俺は居心地の悪さを感じる。
昼間に行き交う人々──俺にとって眩しい存在だ。
さっさと用事を済ませて帰ろう、と足を早める。
周りからの視線も浴びるこなく、目的の場所まで歩いた。
用事を終え、もう街にいる必要もないので帰るために駅に向かう。
切符を買ったところで、ポケットに入っていた携帯が震えた。
甦る、記憶。
まさか…と思いながら、画面を見ると──予想していた人物とは違う名前。
しかし、この相手も自分にとっていけ好かない人物であることには変わりない。
いや、いけ好かないどころか、憎いとさえ思うほど。
だけど。¨電話に出ない¨という選択肢は、俺にはないんだ。
「…ハイ。」
『よぉ。元気か?』
電話口から聞こえる声に、虫ずが走る。
「変わりませんよ」
『ふっ…そうか。
今月もきっちり、頂いた。来月も精々頑張れよ』
「…今入れたところなのに、随分チェックが早いんですね。
余程暇なんですか」
『たまたまだよ。俺ぁ、忙しいんだよ、坊や』
その¨坊や¨に、アンタは何をしたんだ──。
苦い思いが込み上げる。
電話を持つ手が震えた。
「用事はそれだけですか」
早く、切りたい。
もう、一秒たりとも話していたくない。
『まぁ、待てって。
暇があったら顔出せよ。祝いの品用意しといてやるよ』
「行きませんし、要りません」
間髪を入れずにそう答えると、電話の向こうでククっと笑う声がした。
『まぁこれからも頑張れや。じゃあな』
プツっと電話が切れる。
「クソっ」
気まぐれに、電話をかけてくるアイツ。
ギリッ…と唇を噛み締める。
中に渦巻く感情。
負けるな。
負けるな。
自分にそう、言い聞かす。
俯いていたいた視線を前に戻し、俺は駅の改札をくぐった。
あれから家に帰り、荷物を取りに来た業者にまとめた段ボールを渡す。
家の中をざっと掃除をし終えると、もう夕方だった。
冷蔵庫の中を空にするために、すべてを使い切り夕食を作る。
コンビニのパンや、非常栄養食ばかりを口にしていた俺は、久々にまともに食事を取った。
使った鍋や皿を洗い、布巾で水気を拭い、棚へ戻す。
そして俺はぐるっと部屋を見渡した。
1年と少し。
この部屋で一人、過ごしてきた。
「…母さん、待っててね」
夢をのせて、俺はつぶやいた──。
翌朝。
俺は電車を乗り継ぎ、ほぼ毎日足を踏み入れている中央区へと降り立つ。
そこから歩いて15分。
目的である建物が見えてきた。
都心なのにもかかわらず、広大な土地を有するこの場所。
ここが、今日から俺の住む場所になる。
門をくぐり、建物までの道を歩く。
道の両側には芝生が植えられ、針葉樹が緑の葉っぱを揺らめかせていた。
都心とは思えないほどの、緑豊かな広大な敷地内。
建物の中に入り、出会った人物に身分を説明し、目的の場所まで案内をしてもらった。
重厚に造られた、ひとつの扉の前に立つ。
コンコン──と扉をノックすると、深みのある声で、どうぞ──と返事がある。
扉を開け中に入ると、見た目は40歳代の紳士がそこにいて、柔和な笑顔。
「白川聖夜くんだね。ようこそ、我が学園へ」
俺の新たな生活が、始まった──。
俺は正真正銘、15歳で、この4月から高校生だ。
外国の血が混ざっているためか、すでに小学校低学年の頃には中学生に間違われることが多々あった。
身長は中学生の頃から伸び悩んだものの、俺を纏う雰囲気は、中学生とは思えないものらしい。
年齢を誰にも告げた覚えはない。
が、相手にした客は一様にみな、俺をハタチを過ぎた大学生ぐらいだと思っているようだ。
まさか中学生が売春をしているとは誰も思わないだろう。
未成年、というだけで色々と問題もあるので、勝手に勘違いをしてくれているのだ、それはそれで都合が良かった。
相手にしてきた客は、みな社会人らしき人物ばかり。
まさか学園で客に出くわすことはないはずだ。
と、言っても、今たとえ客と出会ったとしても俺の正体には気づかないだろう。
昼間の俺は、スプレーで髪を黒く染め、縁無しの眼鏡をかけ、目にかかるほどのうざったい前髪、といった出で立ち。
一見、オタク風の、いかにも真面目な優等生だ。
このスタイルは、この街に越してきたときから続けている。
昼間は変装をし、夜にだけ¨白夜¨として変装を解く。
万が一、昼間に客と出会ったとしても、バレる可能性はゼロに近い。
素顔の自分が、いかに印象強いかは、自分が一番分かっている。
まぁ、今まで昼間に客と出会ったことはなかったが。
宛がわれた寮の一室。
今まで住んでいたアパートよりも豪華な部屋。
その部屋のベッドの上で仰向けに寝転がり、目を閉じる。
ここは私立|青藍(セイラン)学園、通称|青学(セイガク)。
先程挨拶をしたのはこの学園の理事長、相楽征太郎(サガラセイタロウ)。
都心のど真ん中に広大な敷地を有しており、通っている生徒はどこぞの金持ちのお坊ちゃんばかりの男子校だ。
そのお坊ちゃん校に、一般庶民が入学する方法がひとつある。
その唯一の方法が、特待生制度。
国語、数学、物理、社会、英語の5教科の入試問題を、全ての教科95点以上を取ることで入学が許可される。
特待生に選ばれると授業料が免除なうえ、制服や備品などありとあらゆるものを学園が負担してくれるのだ。
それこそ身ひとつで、入学したらいい。
入試問題はレベルが高く、英才教育を受けてきたお坊ちゃんたちでさえ、クリアすることが難しいらしい。
過去、入試試験をクリアし特待生となった者はいなかったとか。
つまりは、俺が史上初、ということになるらしい。
昔から成績は良かった。
別に、勉強ばかりしていたワケではない。
スルスルっと勝手に頭に入っていくのだ。
とくに試験勉強をしなくても、いつもテストではいい点をとってきた。
本当は、高校なんかに行くつもりはなかった。
だけど、母さんの夢だったから。
特待生制度を知った俺は、生まれて初めてがむしゃらに勉強をした。
そして、特待生として入学が許可された。
母さんは、喜んでくれるかな──。
しんみりした気持ちを振り払うように勢いよく起き上がり、部屋を見渡す。
10畳のベッドルーム。
今腰掛けているのは、ダブルサイズのベッド。
ふたつドアがあり、ひとつはウォークインクローゼットがあって、そこには制服がかけてあった。
運びこまれてあった俺の荷物から服を出し収納したが、まだまだスペースは余っている。
もうひとつはリビングにつながっている。
喉が渇いたので、リビングへ続くドアを開け、キッチンに向かう。
アパートの台所とは雲泥の差のシステムキッチン。
立派な両開きドアの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
コク…コク…と飲みながら、黒い皮張りのソファに腰を沈めた。
壁に掛けられた大型テレビ。
備えられたオーディオ類。
ふかふかの絨毯に、寝そべっても足が余るほどのソファ。
……贅沢な空間だな……。
観葉植物が置かれ、さながらモデルルームのようだ、と思った。
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