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過去 1
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『僕、今忙しいんだ。だから、大人しく待ってるんだよ?』
そう言って部屋を出ていったあの人。
そして八澤に案内された先は、忌々しい記憶が残るーーーあの部屋。
「懐かしいだろう?」
ニヤリと笑い俺を中へと促した八澤は、すぐに姿を消した。
俺は部屋の隅にうずくまり、蘇ってくる記憶に体を震わせる。
ここは。この、部屋は。
売春をする、と決めた部屋。
──俺の”はじめて”が奪われた場所。
俺は自分の体を抱きしめ、押し寄せる恐怖に耐えた──…。
時折飲み物や食事を運んでくる、スーツの男たち。
手をつけることもせずひたすら自分の体を抱きしめていた俺に、現れた八澤から声がかかる。
「おい。風呂入れ」
言われるがままに風呂場に行き、体を洗っていく。
全てを洗い終わり脱衣所に出るとそこに服はなく、変わりに白い着物が置かれてあった。
見覚えのありすぎるそれに、吐き気がする。
だけど他に着るものもなく、俺はそれに手を通した。
腰紐で縛り、形を整える。着慣れている自分に嫌悪感が募った。
外に出ると、そこには壁にもたれかかった鷺ノ宮がいた。
「ホント、美人だねぇ」
近づき、おもむろに髪を一束すくい、じーっと見つめてくる。
「執着するのも分かるかなー。さ、こっちだよ」
案内されるがままに着いて行く。
「入りまーす」
そう声をかけ、鷺ノ宮は襖を開けた。俺だけ入るように促される。
後ろでスパンと襖が閉まる音がした。
「聖夜、ただいま」
藍色の着物を着た小笠原が、お酒を片手に座っている。
「横、おいで」
そう言われ、俺は横に座る。
と同時に、クイッと腕を引かれ、体が密着する。
「懐かしい?この屋敷」
ふふっと笑い、指先で頬を撫でてくる。
「な、んで……ここ、に」
弱々しい俺の声。
なんで、あんたが、ここにいる。
「それは、この屋敷に僕が居ること?それとも、日本にってこと?両方かな?」
猫のような目が、愉しそうに弧を描いた。
「それは、後で答えてあげる。先に僕の質問に答えてね?」
髪をくるくると指先で遊びながら、じっと俺を見てくる。
「本田、隆盛。」
その名前を耳にした俺は、必死に動揺を抑え、無になる。
窺うようにおれの目を見つめる。弧を描いているその瞳の奥は、笑っていない。
「君の、特別?」
強い意志を持った目に、ドクン、と心臓が嫌な音をたてる。
それを悟られまいと、必死に平静を保つ。
「ただの……先輩です」
「ふぅん?それにしては、ずいぶん懐いていたみたいだけど?」
「生徒会長なんで、取り入ったら便利だと思っただけです」
「そっか。僕は、てっきり……好きになったのかと思ったよ」
ーーーっ、おさえろ。悟られるわけにはいかない。
「ありえません」
「そうだよね。汚れた君が、人を好きになんてなれないよね?」
「……はい」
「もし君が誰かに心奪われるようなことがあれば……僕は嫉妬して──何をしてしまうか、分からないよ」
残虐さを秘めた瞳に囚われ、体が震える。
「だから……僕だけを見るんだよ?聖夜。君は、僕のモノだ」
俺を縛る、言葉。もう、誰も…犠牲にしたくない。
怯える俺を見て満足したように笑うこの人を──悪魔だと、思った。
俺がこの人──小笠原誠也に出会ったのは、俺が中学二年の時だった。
父さんがいて、母さんがいて。幸せだった、あの時。
この人に出会ってしまったことによって──幸せな日々は脆くも崩れ去った──…。
中学も二年に上がる、春休み。
春休みは友達と遊んだり課題をやったりとごく普通の学生生活を送っていた。
あの日は母さんは出かけていて、俺はリビングのソファに寝転がりテレビを見ていた。
そこに、家の電話が鳴る。
「はい、白川です」
『聖夜、父さんだけど』
「父さん?どしたの?」
聞けば、書斎の机の上にある封筒を会社まで届けて欲しいとのこと。
暇をしていた俺は、二つ返事で了承し、出かける用意をした。
以前から父さんが働く会社には興味があった俺は半ばウキウキしながら電車に乗り、家を出てから約40分程で父さんの会社に着いた。
父さんの勤める会社は、なかなかの一流企業。
地方にいくつも支店を持ち、本社勤務はエリート候補生。
俺たち家族が住むこの街は都心から五時間以上離れた所で、父さんは支店勤務だった。
中に入るとピカピカに磨かれた床、観葉植物がところどころに配置され、洗練された印象を受けるロビー。
初めて入る”会社”という所に、俺は半ば圧倒されていた。
立ち止まり辺りをキョロキョロ見回す俺は、周囲から見ると浮いていたに違いない。
そんな俺に背後から声がかかる。
「君、何か用事かな?」
振り返ると、そこにはグレーのスーツをスマートに着こなし、柔らかい笑顔を浮かべた爽やかな人物がいた。
少し猫目がちな瞳が、俺を見つめる。
「誰かに会いに来たの?」
「え、あ……父さんに……」
「お父さん?名前は?」
「白川一夜(シラカワイチヤ)です」
「白川……国際部の白川課長かな?」
「あ、ハイ……」
「おいで。連れて行ってあげるよ」
柔らかな笑みを浮かべて案内を買って出てくれたその人の後ろを、俺は慌ててついていった。
エレベーターに乗り、行き先のボタンを押しているのを眺める。
「名前は?」
「え?さっき……」
「あぁ、違う違う。お父さんじゃなくて、君の」
「あ、白川聖夜です」
「せいや?」
「え?ハイ」
すると目の前の人物はふわりと目を細めて笑う。
「同じだね」
「え?」
「僕も、せいや、だよ。小笠原、誠也」
──この時の俺はまだまだ子供で。
柔らかく笑うこの人は、優しい人なんだと、そう思った。
笑顔の裏にある狂気に、まったく気づいていなかったんだ。
父さんに封筒を渡し、会社を後にする。
父さんが働く部署まで送ってくれた後、立ち去って行ったあの人。
自宅へ戻る間、何度も思い出した。
この時すでに俺は、自分の恋愛は歪んでいると自覚していた。
自分の興味が向かうのは、決まって同性ばかりで。
父さんにも母さんにも言えず、悩んでいた。
あの人に向かう、興味。
恋愛感情まではいかないにしても、ただ漠然と、また会いたいなぁ……などと思っていた。
父さんの会社に行った日から3日。
俺は街で一番大きな図書館に来ていた。
本を読むのが好きな俺は、この図書館には足繁く通っていた。
いつものように本を物色し、パラパラとページをめくっていると、背後から声がかかる。
「聖夜くん?」
振り返り、そこにいた人物に、俺は目を見張った。
「小笠原、さん?」
図書館の休憩スペースに向かい合わせに座る。
「びっくりしたよ。こんな所で会うなんてね?」
「……はい」
「よく来るの?」
「……はい」
「本、好きなの?」
「……はい」
「家はこのへん?」
「……はい」
「ふふっ。さっきから、”はい”ばっかりだね?」
「……は、あ、いや、」
「そんなに緊張しないで?」
ふふっと笑い、机の上に置いてある本を指差した。
「そのシリーズ、僕も読んだよ。その作家好きなんだ」
「あ、俺も好きです」
「そうなの?じゃあ、『名前のない国』は読んだ?」
「あ!読みました!俺、一番好きなんです!」
この図書館で、今まで何度も借りて呼んだ。
「僕も一番好きなんだ」
そのことに、嬉しさを感じた。
このことがきっかけで距離が近くなり、携帯番号を交換した俺たちは、毎日連絡を取り合った。
会社が休みの日には、会ったりもした。
父さんや母さんに相談できないことも、素直に話せた。
俺の気持ちは、確実に膨らんでいた。
そして、ある日曜日。
オススメの本を貸してあげる、と自宅へと招かれた。
まるでモデルルームのような、洗練された部屋。
ソファに座り、オススメの本を受け取る。
話をしながら、時折ジュースやお菓子をつまむ。
会話が途切れた瞬間を狙い、俺はためらいがちに声をかけた。
「…あの、誠(セイ)さん」
小笠原さん、なんて他人行儀な呼び方は嫌だな、そう言われて呼び出したあだ名。
「ん?なに?」
柔らかな笑みを浮かべ、俺を見てくる。俺は、聞きたかったことを口にした。
「誠さんは……同性愛を、どう思いますか……?」
「……突然、どうしたの?」
表情から、嫌悪感はみられない。けれど不思議そうな顔をして俺を見てきた。
唾を、飲み込む。
「俺……、多分、そうなんです……」
言ってから反応が怖くなった俺は、俯き自分の服の裾をキュッと握った。
すると手に人の温もり。
「聖夜、顔を上げて」
いつしか呼び捨てになった名前。
優しく手を握られ、俺は顔を上げる。
そこには、いつもの、柔らかい笑顔。
「僕は、偏見はないよ。というか、僕だって、男に惹かれるよ」
「……え?」
「僕の場合は、男女両方だけど。だから、男の子も好きになる」
俺だけじゃ、なかった──その事に、気が抜ける。
「今まで誰にも言えず、ひとりで抱えてきたの?」
俺はコクリと頷く。
「……友達は、みんな女の子のことで盛り上がって……いつも、ついていけなくて……。
でも、気持ち悪いって言われるのが怖くて、言えなくて。……父さんや母さんにも、言えなくて……」
「そう。辛かったね……」
ふわり、ふわりと優しく頭を撫でられる。
「……誠さ、」
「泣いていいよ。こうしてあげるから」
体が温かなものに包まれる。背中を優しく伝う手のひら。
──抱きしめられている。
「聖夜、君は一人じゃないよ」
「誠さ……っ、」
俺は嫌われなかったことに、誠也さんも同じなことに、温もりに、泣いた。
だから胸に顔をうずめる俺は、この時はこの人の顔が、見えていなかった。
優しく撫でる手とは裏腹の、狂気じみた笑みに──……。
春休みも終わり、学校へ通う日々。
両親にさえ打ち明けられなかった秘密。
それをあの人に打ち明けてしまってから俺は、どんどんあの人にのめり込んだ。
5月に入り、爽やかな風が吹く。
その日も誠さんのマンションを訪れ、色んなことを話したあと、家に帰った。
家に入ると、空気がいつもと違った。
ソファに座ったままの、母さん。
いつもなら、夕食の支度をしていてる時間なのにな──そう思いながら、近づいた。
「母さん……?」
俺の声に弾かれるように顔を上げた母さんの顔色は悪く、心配になる。
以前から目眩がしたり、貧血をよく起こしていたため心配になった。
「母さん、大丈夫?横になってた方が……」
「いいのよ、大丈夫」
力なく笑う母さん。
そして、俺を横に座るように促した。
「あのね、聖夜……、」
母さんが何か言いかけた所で、電話の音が鳴った。
ハッとした母さんは立ち上がり、受話器をとる。
「白川で……、あなた……」
父さん?
「──っ!ええ、……分かったわ……、はい……」
目を見開き、受話器を持つ手が震えている。
電話を切った母さんは、俺を見た。
そして、今日起きた事を、話してくれた。
───お父さん、今日お昼過ぎに、会社に呼ばれたの。お父さんの仕事にミスがあったらしいのね。
そのミスによって、会社に損害を出してしまったって……そのミスをカバーするには、損失分を補う必要があるの。
だから、家を売ってお金にして、どこかからお金を借りて返済するしかないの。聖夜、私たちがお父さんを支えてあげましょうね……?──
よく理解できないまま、俺は母さんに言われた通り、荷物をまとめていく
何故か学校は休みなさい、と言われ、母さんと二人家を片付けていく。
あの日帰ってきた父さん。
生気をなくし、目はうつろで……そんな父さんを母さんが抱きしめていた。
夕方荷物を片付けていると、図書館で借りっぱなしだった本があることに気づく。
「母さん、図書館に行ってくる」
父さんはまたどこかに出かけているみたいだった。
「図書館……?今から……?」
何故か分からないけど、このところ母さんは俺が家から出るのを嫌がった。
「本返すだけだよ。すぐに帰る」
「……分かったわ」
本と財布と携帯を鞄につっこみ、外に出る。
──誠さん。
歩きながら思うのは、想い人のこと。
連絡が、来ない。そして、俺も連絡できないでいた。
誠さんは父さんと同じ会社の人で、父さんの事情を知っているはず。
もしかしたら、父さんが迷惑をかけているかもしれない──そう思うと、連絡なんて出来なかった。
バス停までの道のり、いつもは気軽に声をかけてくる近所に住む人々。
今日は、チラチラと俺を見るだけで、声をかけてこない。
それどころか、頭を下げて挨拶をしても曖昧に頷くか、無視をされた。
訝しく思いながらもバス停につき、停留所に入ってきたバスに乗る。
図書館につき返却を済ませると、休憩スペースにいる三人の友達を見つけた。
近づいて行くと、会話が聞こえ始める。
「あーぁ。金田の野郎、めんどくさい課題出しやがってー」
「ホントだよな。歴史小説をひとつ読んで、どんな背景の時代だったか、舞台はどこかとか言えってさー」
「本読む暇あったら、遊びてぇっつの」
「聖夜がいたら、読まなくても教えてもらえんのに」
「あー、あいつ本好きだもんな」
「聖夜って言えばさ、父親の話」
父さんの話題が出て、俺は足を止めた。
「あー、あれ。」
「びっくりだよなー」
「学校も話題沸騰だし」
確かに会社に多大な損害を与えたとはいえ、会社でのミスが学校で話題になるほどのことなんだろうか。
そう思いながら、友達の会話に耳を傾けたままだった俺は、次の言葉に息を飲んだ。
「会社の金を横領だろー?まさかクラスメートの父親がニュースに取り上げられるなんてなー」
「俺、聖夜とは関わるなって言われたよ」
「あ、俺も。犯罪者の息子なんて、お友達にしないでって」
──犯罪者。……父さん、が……?
俺はその場を見つからないように立ち去る。
母さんの憔悴、近所の人の態度、学校に行かなくてもいいという理由。
父さんが、横領……?嘘だ、嘘だ、嘘だ。
俺の知ってる父さんは、誠実で、曲がったことが嫌いで、何に対しても真っ直ぐだった。
──嘘だ。
どうやって帰ってきたのか、記憶が曖昧だった。
リビングに入ると、食器を片付ける母さんの姿が目に入る。
「……母さん、」
俺の声に振り向く母さん。
「聖夜、おかえ……」
「本当なの?」
母さんの言葉を遮り、俺は母さんを見る。
「父さんが、横領したって、本当なの?」
俺の言葉に、目を見開く母さん。
「……聞いたの?」
「偶然、友達が……」
母さんは手に持っていた食器を置き、俺のそばまでやってきた。そして真っ直ぐ俺を見る。
「していないわ。お父さんは、そんなこと、しない」
きっぱりと否定する母さん。
「でも、ニュースになったって……」
「確かに、お父さんの会社で横領があったわ。だけど、犯人はまだ特定されてないのよ」
「だったら、なんで、友達は父さんがやったって言ってるの?
近所の人も、みんな変な目で僕を見てきた」
「お父さんがお仕事をミスしたのは、本当なの。その為に、お金を返済しなければいけないことも。
それと同時に横領が発覚して……家を出て行く私たちを、横領したせいだと思ってしまったみたいなの。
きっと学校でもそんな噂が広がっていると思ったから、行かせたくなかったのよ。
聖夜に言わなかったのは、余計な心配をかけたくなかったの。ごめんね……」
父さんの仕事のミス、タイミング悪く発覚した横領。
家を出て行く準備をする俺たちを見て、世間は父さんが横領をしたんだと決めつけた──。
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