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過去 3にしおりをはさみました!
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過去 3
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それからの事は、なんだか夢を見ているみたいだった。
こんな悪夢みたいなの、はやく覚めて欲しいと願った。
母さんが気丈に振る舞い、物事をすすめていたように思う。
近所との付き合いもなく噂のせいで疎遠となってしまったため、呼ぶ友人などいない。
父さんを見送ったのは、母さんと俺の二人。
父さんの会社から参列しても良いかの連絡があったみたいだが、母さんが断っていた。
母さんと二人、悲しみに暮れていた。
どうしても、自殺をする理由が分からなかった。
警察が訪ねてきたのは、葬式が済んだ夕方だった。
そこで母さんと俺は、信じがたい話を聞かされることになる。
父さんが亡くなったと連絡が来たあの日、父さんについて最近起きた出来事を警察に話していた。
なのにもう一度、父さんに起きたことについて話して欲しいと言われた。
だから、会社でミスをしてしまったこと、金融会社から金を借り、会社に損害分を払ったこと。
同時期に発覚した横領疑惑の犯人ではないかと噂されてしまったこと。
金融会社が潰れ、取り立てが厳しくなったこと。
もう一度全てを話し終え、それでも父さんは負けじと毎日頑張っていた。だから、自殺するなんてありえないと訴えた。
だけど、警察から返ってきたのは同情や憐れみを含んだ表情。そして痛まし気に、言った。
”ご家族の方には、嘘をついていたんですね”───と。
”ご主人はギャンブルで大損し、借金が出来たようです。
ですが今話を聞いたところ、家族に真実を伝えることができなかった為、そんな嘘をついたんでしょう。
今日会社の方へも伺わせて頂きましたが、そういったミスもなく、至極真面目な方だったった、と言っていました。
ご主人から、金銭を受け取った事実はない、と。
おそらく──真面目な方だったからこそ、ご家族への嘘や、借金に耐えられなくなったのでは──…”
嘘?何言ってるんだよ。
だって、誠さんは──事情を全て知って、俺を励ましてくれていた。
誠さんは父さんと同じ会社で、だから、嘘だなんて──
「父さんは、嘘なんか、つかない!会社の人が、嘘をついてるんだよ!」
声を荒げて噛みつく。
そんな俺を、優しく諭すように、警察は言った。
「お父さんを信じたい気持ちは、痛いほど分かるよ。
だけどね、私たちはお父さんの会社の確かな人物に話を聞いたんだ。
お父さんが勤めていた会社の会長のお孫さんであり、今支社長を任されている方だよ」
支社長──……?
「小笠原財閥の、ご子息。小笠原誠也さんだ」
……お、がさわ、ら……せいや──……?
「支社長自ら、お話をしてくださった。
小笠原さんは随分白川さんに期待をしていたようで、沈痛な面もちだったよ──……」
それから何か言っていた気もするが、俺の耳は言葉を拾えなかった。
嘘だ、嘘だ、嘘だ
水たまりが、足元をすくう。
目に、雨が入る。
視界が悪い中、傘もささずに一心不乱に走る俺に、通行人は訝しげな視線をよこす。
ひたすら、走った。
携帯も金も持たずに飛び出した俺は、走るしかなかった。
土砂降りの雨が、俺の体を濡らしていく。
息が上がる。
足がふらつく。
だけど、ひたすら走った。
目的地を前に、躊躇する。
だけどそれはほんの一瞬で、俺の足は地面を蹴った。
通い慣れたマンション。
幾度となく押したインターホンを、押す。
自分の手が震えていたのは、冷え切った体だからか、それとも悲しみか、または、──怒りか。
ゆっくりと扉が開く。
息を荒げずぶ濡れの俺を見つめ、その人は顔に笑みを浮かべ、口を開いた。
「やっぱり、来たね。来るだろうと思って、待っていて良かったよ」
その言葉で気づく。気が動転していたけど、今日は平日で普通なら会社にいるはずだということに。
だけど、待っていた、と言った。俺の行動を、見越していた。ーーなんで。
「まぁ、入りなよ」
言われるがままに、中に入る。
歩く度に、廊下が濡れていった。
誠さんはそれを気にするでもなく、いつものようにリビングに通される。
ソファに座るように促されるが俺は首を横に振り、ソファに座る誠さんを見つめた。
俺を見る顔は、瞳は、いつもと同じで、俺は一瞬──ここに来た意味を忘れる。
やっぱり、何かの間違いだ。何か、理由があるんだ。
まだ俺の心は、誠さんに傾いていた。
「なんで、うそ、ついたの……?」
「嘘?」
「警察に、嘘、言ったでしょ……?」
誠さんは、ふっと笑った。
「嘘、ついてないけど?」
「だって、仕事のミス、とかお金返した、とか」
「だから、嘘ついてないってば。──警察には。」
「え………?」
俺は、呆然となる。
警察、には……?──じゃあ、誰に……?
誠さんが口に手を当て、俯く。肩を揺らし始める。そして笑い声が、部屋に響いた。
いつも見る、柔らかな笑顔じゃない。初めて見る、歪んだ笑顔。
こらえきれない笑いをかみ殺しながら、誠さんは俺を見た。
背筋がゾワリと震える。
「ゲーム、オーバー。」
歪んだ口元から漏れた言葉。
「ふふっ、そう。全ては、ゲーム。なかなかおもしろかったよ、聖夜」
──ゲーム……?
「久々にこんなに熱くなれたよ。ゲームの駒としては、君とお父様は実に優秀だった」
こ、ま……?
「充分楽しめたからね。特別に種明かしをしてあげるよ」
至極愉しそうに、話し始める。
「君のお父さんに仕事にミスがあったと連絡したのは、僕。まぁ、そう仕向けたんだけど。
睡眠薬入りのコーヒーを与えて、眠っている隙に改ざんしたんだ。
あ、安心しなよ。ミスをした仕事は、架空のものだよ。会社に一切の損害は出してない。
君のお父さんは僕が与えた架空の仕事で、ミスを誘発されたってワケ。
そして辞表を受け取る代わりに、お金で解決しようと提案したのも僕だ。
最初は訝しがっていたけど、支社長の僕がそう言ってるんだ、従うしかないよね。
だから、善良な金融会社を紹介してやったのさ。まぁ、まさか倒産するとは思っていなかったけど」
何を、言ってるんだろう。これは、誰の話……?
戸惑う俺をよそに、なおも話し続ける。
「ねぇ、聖夜。
君のお父さんも訝しがったように、いくら損害を出したからって、社員に損害分を払えという会社はないよ。
君はまだ中学生で分からなかっただろうけどね。
それから、マスコミに横領のネタを売った。そして、流したんだ。
”もしかして、白川氏が、横領をしたんじゃ……?”ってね。
おもしろいものだよね。一人にそう告げれば、あっという間に噂は広がる。
疑惑は真実味をおび、まことしやかに囁かれていく」
嫌だ、もう聞きたくない。イヤイヤをするように首を振る。
「君たちが引っ越すって聞いたから、その地にも噂を流しておいた。
そうやって君たち家族を孤立させ、いつ壊れるのかと毎日毎日楽しみで仕方なかったよ。
でも、なかなか君たち家族は壊れなかった。しぶとく笑い続けた。
だから、最終手段に出ることにしたんだ」
ニコリと純粋に笑う。その笑顔が、怖かった。
「君のお父さんを呼び出して、僕は真実を告げたんだ。今、君に話したことを全て。
その時の君のお父さんの顔といったら、傑作だったよ。
まさか親身になっていた僕が、自分で遊んでいただなんて夢にも思わなかっただろうね」
ははは!と笑う声が部屋に響いた。
「だから、父さんは、自殺したっていうのか………?」
信用していた人物にいいように操られていたことを嘆いて……?
「いや?君のお父さんは、僕に楯突いた。
”警察に行って、全てを話す”と。
まぁ、それでもいいんだけどね?小笠原の力で、そんな訴えどうとでもできる。
だけど僕が望む終焉は、そんなのじゃない。僕が望んだのは、苦痛、屈辱だ。
だから、僕は言ってやったんだよ。
”じゃあ、君の代わりに、聖夜を壊してしまおう”ってね」
──え……?
「君は、お父さんに僕と会ってることを言わなかったんでしょう?
お父さんの会社の人間と会う、しかも男に。
少なからず後ろめたさを抱いた君は、言えなかった。
しかもキスまでしていたら、尚更だ。
まさか君と僕が繋がっていただなんて、思ってもいなかっただろうね。
初めは疑っていた白川くんも、証拠となる僕と君の映像を見て蒼白になっていたよ」
映像…?訝る俺を見て、ふふっと笑う。
「この部屋にはね、隠しカメラを仕込んである。
白川くんが見た映像は、君と僕が初めてキスを交わしたやつだよ」
「なっ……!」
「それを見た白川くんは、今までの態度を一変させ、僕に縋った。
”自分はどうなってもいいから息子には手を出すな”とね。
その必死の形相ったら。思い出すだけで今でも笑いがこみ上げてくるよ」
ぎゅっと握る拳が、震える。そんな俺を見てニンマリと満足そうな顔をした誠さんは、声のトーンを落として話を続ける。
「だから僕は言ってやったんだ」
そこで言葉を区切り、立ち上がった。そして立ち続ける俺の目の前まで来る。
俺を見つめる目が、怖い。足が、動かない。
俺の髪を耳にかきあげ、耳元に顔が近づく。
そして響いた言葉に、俺は息を止めた。
────死んで、ってね。
体が震える。
渦巻くのは、怒り、悲しみ、憎しみ。
「そしてその日、君のお父さんはビルの屋上から飛び降りたんだよ」
なんの感情もこもっていない声。
いや、お気に入りのオモチャが壊れて使えなくなってしまったような、落胆がうかがえた。
「……っ、悪魔……っ、」
「ははっ!いーね、ソレ」
まるでほめ言葉をもらったかのような上機嫌さに、嫌悪感がこみ上げる。
「俺が、全部言う。警察に、お前がしたこと!」
「言えばいいんじゃない?子供の言うことと、社会的地位の高い僕。
さて、警察はどっちを信じるかな?」
「……っ、」
悔しくて、ギリッと歯を噛みしめる。
「なんで、父さんを!何をしたって言うんだよ………!」
「気に入らなかったからだよ」
冷たい声。
「ねぇ、聖夜。勘違いをしていない?
君のお父さんは、初めはゲームの駒じゃなかった」
何を、言って………
「僕は、ある日綺麗な人形を目にした。どうしても、どうしても、欲しくなった。だから近づいたんだ。
絹のような銀髪、宝石みたいな瞳。パールよりもきめ細かい肌、赤く色づいた唇。
あの日、目の前に現れた、人形。
君だよ、聖夜。僕のゲームの駒は、君だ」
恍惚の笑みを浮かべ、髪をすくいあげる。
体がビクリと震えた。
「だから、調べた。人形が好きなもの、好きな場所、どんな風に生きてきたのか。
そして罠をはった。その人形が自ら堕ちてくるように、優しく愛でた。
案外簡単に懐いてくれて、それほど手を焼かなかったけれど」
そこまで言ってから、表情を一変させ、冷たい表情になる。
「だけどその人形はね、懐いてはくれたけど、僕だけのものになかなかならなかった。
いつも、家族の話をするんだ。僕との共通点であるためか、父親の話をよくしてきた。
僕は、それが気に入らなかった。人形は、僕だけを見ていればいいのに」
そしてまた顔に笑みを浮かべる。だけど、瞳は笑っていない。
「だから、僕は考えたんだ。”邪魔者は、排除しよう”って。
そして、君のお父さんをゲームの駒に加えた。
──聖夜がいけないんだよ?僕といるのに、他の奴に夢中だったから。
だから、消えてもらったんだ」
「なに、言って……っ、」
「君が僕だけを見ていてくれたなら、わざわざ手出しはしなかったのに。
そしたら今頃、家族三人仲良く暮らしていたかもしれないのにね」
そして、俺の耳元で、悪魔は笑う。
「君のせい、だよ。お父さんが死んじゃったのは」
悪魔の笑い声が、耳に残った。
雨が、顔にあたる。
足を前に出すのがひどく億劫だ。
”君のせい、だよ”
頭に、何度も何度も響く声。
俺の、せい
俺が、父さんを、死なせた……?
呆然とする俺に、アイツはどこからか出してきたものを見せた。
──真っ黒な、薔薇。
”黒い薔薇の花言葉は、束縛だよ”
”今は逃げるといいよ。僕は五年ぐらいは日本に戻って来れないだろうからね”
”だけど、まだ僕は君で遊び足りないんだ。だから、これを君に贈るよ”
”いつまでも、君の心を束縛し続ける存在でありたいと、願いを込めてね”
俺はその黒い薔薇を奴に投げつけ、飛び出した。
身も心も、ボロボロだった。
ふさぎ込む俺を、母さんは心配していた。
母さんに言えなかった。
母さんはきっと、俺のせいで父さんは死んだなんて言わない。
だけど、真実を語るのが、怖かった。
アイツの刃が、母さんに向くのが、怖かった。
母さんを巻き込みたくない。
母さんを失いたくない。
母さんまでいなくなったら、俺はもう生きていけない。
アイツは日本からいなくなる。だから、逃げればいい。
そう、思っていた。逃げれる、と。
母さんは見る見るうちにやせ細り、熱を出すことが多くなった。
だけど、無理をしてでも、働きに出ていった。
そして、夜、意識を失い倒れた母さん。
救急車を呼び、病院に搬送される。
そして告げられた、病気。
───白血病。
次から次へと起こる悲劇。
為すすべもなく、白いベッドに横たわる母さんを、ただぼーっと見ていた。
その時、病室のドアが開き、誰かが入ってくる。
俺は誰だと気にする気力もなく、無関心でいた。
そんな俺を無理矢理つかみあげた人物が──八澤だった。
「おい、ガキ。てめぇには、五千万支払ってもらわなきゃならねぇ。
死んだ父親と倒れた母親を恨むんだな」
突然そう言われ理解が遅れた。
だけど、その言葉を理解した瞬間、理不尽な借金なんか払う義務はない、と言い返す。
「理不尽だろうが何だろうが、俺の知ったこっちゃねぇ。
てめぇの家族の事情なんかこっちにゃ関係ねぇんだよ。
てめぇの親が借りた、だから徴収する。それだけだ」
俺は口をつぐんだ。そうかもしれない、だけど、納得出来ない。
「母親が死んでもいいのか?」
その言葉に、俺は動揺する。そんな俺を見逃さず、八澤はニヤリと笑った。
そして、あの契約を持ち出す。
体を売れ。
そして毎月50万円振り込め。
そうしたら、母親にいい治療をしてやる。
それとも今すぐ、五千万を支払うか──ふたつに、ひとつ。
母親の治療は、せいぜい自分で頑張るんだな。
選択肢はなかったも同然だった。
俺は、母さんをとった。母さんの病気が治ることを、望んだ。
そして八澤に言われるがままに、今いる場所へ越してきた。
母さんは白血病の治療に優れている病院へ転院。
そして俺は──籠の中へ。
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