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消えた温もり 1にしおりをはさみました!
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消えた温もり 1
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side Ryu
「……ちっ」
歯痒さから思わず出た舌打ち。
俺は背もたれに重心をかけ、天井を仰ぎ見る。
──聖夜が居なくなってから、一週間が経った。
「……せ、いや?……」
意識が浮上し、まず口にしたのは聖夜の名前だった。
一気に記憶が頭に溢れ、体にかけられていたブランケットを剥ぎ取り立ち上がる。
「聖夜っ」
静まり返った室内、返事はない。
「聖夜!どこにいる!」
俺の叫び声だけが響く部屋。それでも俺は、呼び続けた。
──いない。
部屋を後にし、階段で三階まで駆け降りる。すれ違う生徒は何事かと驚き視線を寄越してきたが、そんなものは目に入らない。
部屋の前につき、会長専用のカードキーを使い室内に入った俺は、叫んだ。
「聖夜!」
リビング、バスルーム、寝室。
──いない。どこにも、いない。
その時、部屋のインターホンが鳴った。俺はすぐさま駆け寄り勢いよくドアを開ける。
「わ!ビックリ……会長?」
そこには、驚きの表情をあらわにした矢追が立っていた。
「会長?あの、何でここに……聖夜は……?」
「……いなくなった」
「え?あの、え?」
戸惑う声をよそに俺は矢追の前を通り過ぎ、自室へと戻るために階段を上がる。
思い起こされる、記憶。
急に襲った眠気、聖夜の儚い笑顔。
「……話があるんじゃ、なかったのか……っ」
リビングに入り、そして、気がついた。テーブルに乗る数枚の札に。そこにあった金額は。
──十万円……”白夜”を買った金額。
「……どういうことだ?」
聖夜が置いていった金を眺めていると、ベルが鳴った。
考えを巡らせながらドアを開けると、勢いよく入り込んでくる生徒。
「聖夜がいなくなったって、なんですか……っ!」
「……木崎」
そして後には、不安そうにこっち見る矢追の姿があった。
「……俺にも分からん」
「会長……?」
覇気のない俺を訝しげに見る木崎。
なぜ、急にいなくなった。
なぜ、金を残した。
なぜ、あんな消えてしまいそうな顔で笑ったんだ。
「隆盛。街にも姿を現していないって」
会室の扉を開けて入ってきたのは祐輔だった。
祐輔の報告に、グッと拳を握る。
俺の前から。
学園から。
街から。
姿を消した、聖夜。
「どの街にも姿を見かけた奴はいないって。どこ行ったんだろうね、白川くん……」
聖夜について、調べた。
だけど掴むのは操作されたとしか思えない情報ばかり。
有益な情報は、ひとつも掴めない。
それだけきっちりと情報操作が出来るということは、聖夜の後ろにはデカい組織があるはずだ。
なにか、ひとつでもいい。
それに繋がる何かが分かれば、切り崩して行けるのに。
「明良にも、例の八澤っていう人物についてお兄さんに聞いてもらったんだけど……俺が掴んだ情報と同じだよ」
八澤新。聖夜の父が勤めていた会社の一族の親戚筋。
自身も重役のポストについている。父親の死後、白川親子の面倒を見ていた、か。
会社員?あいつが?本当に?
一瞬感じた厭な雰囲気に、疑問を抱く。
「でも……あんまり病院には顔を出さなかったみたいだね。
白川くんが、頑なに八澤には連絡を取る必要はない、自分が説明する、と言い張ってたみたいだよ。
でもどうしても八澤に連絡を取らなきゃならなかったとき、いつだって話が通じてないんだ。
白川くんに言っても、忙しい人なので話すタイミングが掴めないんです、って言ってるみたいだけど」
「意図して連絡を取らない……?」
「そんな風に見えたって」
後見人である人物を遠ざけていた…?
一体、八澤は……。
「あ、そうだ。
今日、三階のクリーニングが入る日なんだけど、白川くんの部屋はどうする?無しにしとく?」
週一回、部屋のクリーニングが入る。それは必ず本人立ち会いのもと行われるんだが……
「いや、俺が立ち会う。何時からだ?」
「2時」
あと30分か。
「分かった」
俺は会室を出て、聖夜の部屋へ向かった。
部屋の中に脚を踏み入れ、見渡す。
あちらこちらに散らばる、聖夜のいたあと。
荷物も全て置きっぱなしにして、この部屋の主だけ消えた。
やっと、見つけた。この腕の中に、温もりがあったはずなのに。
「……どこへ行った……聖夜」
ソファに座り、悔やむ。
あの日のアイツは、どこか変だった。様子がおかしかった。
だけどそれを強く問い詰めず、先延ばしにした。これから時間なんていくらでもあると、そう思っていた。
「くそっ……」
唇を噛み締めていると、インターホンが鳴る。
どうやら、クリーニング業者が来たようだ。
バスルームやリビングなどを綺麗にしていく間、ソファで待つ。
残るは寝室らしく、許可を取ってから中に入っていった。
30分ほどしただろうか、後ろから声をかけられる。
「あの、こちらは捨ててもよろしいんでしょうか?」
差し出してきたのは、箱。中に入っていたのは──黒い薔薇?
「造花のようなんですが、綺麗に造られているので……」
黒い、薔薇。聞いたことがある気がする。花言葉は、なんだったか──。
「いや、それは貰っておこう。終わりか?」
「はい。失礼いたします」
ソファに座り、薔薇をひとつ手に取った。
じっと眺めているとリビングのドアが開く。そこには、祐輔と明良がいた。
「どうした?」
「クリーニング、そろそろ終わりかと思ってね。気になる情報が入ったから」
「気になる情報?」
どんな情報なのかを聞こうとした時、明良が俺の手の中にある薔薇に興味を示した。
「なにそれー。んー、黒い薔薇?」
俺が手に持つ薔薇を指差す明良。
「あぁそうだ」
「なんか毒々しいねぇ」
そうだ、祐輔なら知っているだろう。
「祐輔、黒い薔薇の花言葉って何だか分かるか?」
「花言葉?確か……恨み、憎しみ……束縛、貴方はあくまで私のモノ、だったかな?」
「うへー、花言葉も毒々しい。なんでそんなもん持ってんのー?」
「寝室にあったらしい」
「寝室に……?」
「しろっちに、誰かが送ったってこと……?」
俺たちは顔を見合わせ、その瞬間走り出す。
今帰ったところだ、まだ学園内にいるはず──!
ロビーまで降りたところで、クリーニング業者が荷物を纏めていた。
「待て!先ほど掃除をした部屋のゴミはどこにある?」
聖夜の部屋を掃除していた業者の肩を掴み、問う。
「え?あの、」
「どこだっ?」
「ひぇっ、あの、あれです……!」
俺の勢いに押されてか、怯えながら指を差した先にあるゴミ袋。それに俺たちは駆け寄る。
ロビーにいる生徒たちは何事かと遠巻きにしながら、俺たちの行動を驚いた表情で眺めていた。
当たり前だ、生徒会役員の三人がゴミをあさる図は、なんともおかしいだろう。
だが俺たちはそんなものを気にもせず、袋の中をかき回す。
「隆盛、これっ!」
祐輔が手に掴んだのは、箱を包める程の大きさの、破れた紙。
三人で、贈り主が書かれてある場所を見る。
アメリカの住所、そして目に入った名前に、眉を寄せる。
「小笠原……誠也……?」
聖夜との、繋がりは──。
「父親が勤めていた会社の、支社長……?」
小笠原財閥の、嫡男。
いくら後見人である八澤とは親戚筋だからといって……なぜ、個人的に繋がりがある……?
……しかも、黒い薔薇を送りつけるなんて。
「……隆盛、気になる情報って言ってただろ?」
「ん?あぁ」
「前はそこまで調べることもないかと思ってたから手をつけなかったんだけどね。
白川くんがここに来る前のことをたどってみたんだ。そしたら、根も葉もない噂話があったことが分かった」
「噂話?」
「白川くんの父親についてなんだけど……。会社の金を横領した、ギャンブルに溺れた、あと……自殺したって」
自殺…?思いもよらない事に、目を諌める。
「今まで住んでいた所の近所付き合いを調べてみたんだ。そしたら、そんな噂があったって。
それに借金の取り立てにヤクザがらみの人物が来てたみたいだよ」
祐輔の報告に頭を整理した俺は、二人に行動を指示する。
「祐輔、小笠原誠也について調べろ。明良は八澤の自宅を探ってこい」
「わかった」
「りょーかい」
俺たちを見て固まるクリーニング業者たち。
「すまなかったな。邪魔をした」
「いっいえ!」
ロビーを後にし、一旦自室へと戻るためにエレベーターに乗り込む。
「隆盛はどうするの?」
「……南区に行く」
「朱雀のとこ~?」
「あぁ。いけ好かない奴だが、裏のことはアイツの方が知ってるだろうからな」
黒い薔薇の花言葉。
聖夜に黒い薔薇を送った小笠原誠也。
後見人である八澤。
嫌な予感が、する。
「えらく珍しい客が来たもんだ」
カウンターの奥から声がかかる。
俺はそいつをジロリと睨み、カウンター席に座った。
「どうした?お前がここに来るなんて珍しいじゃねぇか。明日は槍が降るか?」
「うるせぇ。黙れ、じじぃのペットが」
ニヤニヤと笑うその顔に、苛立ちを覚える。
昔からこいつとはそりが合わない。
家で会うたびに、俺をからかい遊んでやがった。
間宮真吾。じじぃの駒の一人。
通称”四神”のうちの一角、”朱雀”。
年齢は確か30を過ぎた辺りだったと思う。
”dumpsite”のバーテンダーを隠れ蓑に、南を統治する南区のトップ。
東西南北に四神を配置、そして中央区には天帝(テンテイ)。
それらを総て統治するのは、じじぃ……黒沢財閥総帥、黒沢弦一郎(クロサワゲンイチロウ)。
じじぃの駒のなかでも、この間宮はかなり信頼をされている。
情報量も半端じゃなく、祐輔が弟子入りをしたいと言ったほどだ。
そう言った祐輔だが、朱雀の正体は知らない。
朱雀……四神の正体を知るのは四神同士と、それぞれの自分の部下、そして黒沢一族のみ、だ。
天帝に至っては、黒沢一族のみが知る。
未だニヤニヤした顔を貼り付ける間宮。
正直なところ、こいつには頼りたくない。だがそうも言っていられない。
こいつが持つ情報が、頼りだ。
だがこいつが素直に情報を渡すかどうか……自分のメリットにならなければ、一切情報は渡さない。
「白夜……知っているな?」
少しだけ眉をピクリと動かし、俺を見据えた。
「……知ってるが?」
自分の縄張りだ、そりゃ把握はしているか。
「白夜の正体は?」
「そこまでは知らん。調べたが情報は掴めんかった」
「…お前が何の情報も掴めなかった、なんてあるわけないだろう」
どんな情報網があるのかーーーどんなことでもハイエナのように嗅ぎつける。
睨む俺を、クッと人を食ったように笑った間宮。
「白夜については本当に知らねーよ。詳しくは探ってねぇ」
詳しく調べなかった。つまりこいつは白夜を気に入っているということ。
間宮は気に入った人物のことは詳しく探ろうとしない。
情報は確かに有益だが、それよりも俺は自分の目で知りたいから、なんて言ってたのを思い出す。
それでも南区でウリをする白夜のことはこいつの耳に届き、一度は調べたはずだ。
おそらくその後すぐに白夜に出会い、気に入ったんだろう。そこで探るのをやめたってとこか。
間宮が正体を掴んでいなかった場合はそれを提示しようと思っていたが……対価にはならないかもしれないな。
「詳しくは知らんと言ったが、一度は調べたんだろう?その時、情報はすんなり手に入ったか?」
俺の言葉にグラスを拭いていた手を止め、探るように俺の目をじっと見てくる。
「白夜の情報は誰かの手によってブロックされ、上辺だけの情報が流されていた。違うか?」
「…お前も白夜を調べたのか」
「あぁ。そして俺は白夜の正体を知ってる」
なおもずっと俺を見る間宮。タバコに手を伸ばし、火をつけた。
「……で?何が言いたい?」
「白夜に関わることを教えてくれ。
あんたなら白夜本人のことについては調べてなくても、後ろに誰がついてるかぐらいは調べてんだろ?」
「代わりに白夜の正体を教える、か?断る。別に白夜が何者かは、今んとこ興味ねぇ」
やっぱり、そうくるか。別に知りたいとも思っていない白夜の正体じゃ対価にはならない。
なら、こうするしかない。
俺はカウンターに両手をつき、頭を下げた。
「頼む。教えてくれ」
俺の行動に間宮が息を呑むのがわかった。
未だかつて、こいつに対して頭を下げたことはない。
プライドがある。だが、そんなプライドを投げ打ってでも、聖夜に関する情報が欲しい。
「……とりあえず、頭上げろ。どうした、お前がそんなことをするなんて」
頭を上げると、少し呆気に取られた顔が目に映る。
「……白夜が、消えた。俺は何としても、あいつを探し出したい」
「は?消えた?どーいうことだ?」
「突然、目の前からいなくなったんだ」
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