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蔚蔚にしおりをはさみました!
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蔚蔚
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仲影様が出て行ってしまうのを、あっけにとられて見つめていた。
狡い。
私に返答の暇も与えずに逃げてしまうなんて。
何をする気にもなれずに、広げてしまった書物を少しずつ片付けていく。惚れ薬の調合の書物に首をひねる。こんなもの、出した覚えがないが広げてあるということはきっとあったのだろう。
溜息をついて書物をまとめて棚に押し込む。綺麗に片付けてしまうと、寝台に寝転がった。
柔らかい寝具が私を包み込む。
まだ、はっきりとした好意を知りたくはなかった。あの目は、歳の離れた兄弟のような、肉親のようなそれだと思っていたかった。慈愛に満ちた優しい視線がとても嬉しかったのは事実だし、求めなくても与えられる愛情に縋りたいと思っている自分もいる。
それでも、まだ信じられないのだ。本当に、私は愛されていいのだろうかといつも思う。幼いころから植えつけられた劣等感はずっとぎりぎりと私を縛り付けている。
母上。詩作をしても、何をしてもいつも憎々しげに私を見るだけ。褒めてもらいたいと幼心で作った詩は目の前でびりびりと破り捨てられた。そこに立っていなさいと、炎天下で立たされていつのまにか気を失って、気が付いた私を鼻で笑った。私にはなんの価値もないとずっと言われ続けてきた。
価値がないのなら、いっそ殺してしまえばよかったのに。
そう言うと、父上にひどく叱られた。けれど、父上も信用できなかった。親子であるのに、なぜあんな好意を私に向けてきたのだろう。仲影様が言っていた理屈などないということなのだろうが、幼いころの私はそんなことを知るはずもなかった。
溜息しか出ない。ごろりと体勢を変えて蔚々とした気分を振り払う。
華代六史の話の中で、好きなのは神仙が人に恋をする話だ。恋をされていることを人は気付くはずもなく幸せな家庭を築き、神仙はそれを見守り続ける。人が死に棺に入れられてはじめて、神仙はその棺を開けて人を抱き締める。そんな暗い話だが、なぜかとても愛おしい。
神仙に恋心を抱かれた人が羨ましかった。あんな風に、愛してほしいという欲求がずっと私の内側にあり続けたのだろう。
溜息をつくと部屋に反響してまた寂しさがつのる。この部屋は私には広すぎるのだ。
どのみち私は仲影様に縋るしか生きる術はない。外に出ても仲影様の言っていた通り、見世物にされるか娼館に入れられるかしかないだろう。
「伯岐様、夕餉をお持ちしました」
「……どうぞ」
いつの間にか辺りは暗くなっていて、仲影様の雇っている使用人が扉を叩いた。入ってもらうように告げると、いい匂いのする膳が机に運ばれた。
「食べ終わったらあとで外に出しておきますので、一人にしてもらってもいいですか」
「……かしこまりました」
中身は食べやすい粥と桃だった。昨日と違い今日は松の実などの栄養価の高いものが入れてある。松の実は火から外す直前に炒ったものを入れてあるのか食感と香ばしさが食欲をそそってとても美味しい。
粥を平らげて、桃を口に運ぶ。甘さとみずみずしさが口の中いっぱいに広がってとても幸せな気分になる。我ながら単純な事だ。
食べ終わった膳を外に運び、また寝転がる。
広い寝台に一人で眠るのはどこか冷たくて、さみしかった。
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