アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
奈落にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
奈落
-
ふと、溜息をつく。
狂剣にあそこまで敵わないとは思わなかった。自分の能力の限界を感じさせられる。確かに狂剣よりも歳は重ねている。だがまだ不惑も過ぎていないというのに。
立ちあった瞬間に敵わないとは思ったが、このままでは伯岐を危険にさらしてしまう気がしたから、どうしても引くわけにはいかなかったのだ。
「珍しいな、伯修が溜息をつくとは」
「伯陽殿」
雇い主であり無二の親友であったこの人と、再会したのはつい最近のことだ。三年前に、賊に襲撃されて死んだと聞いていた伯陽殿が私のところに訪ねてきたのだ。最初は信じられなかったが、その口ぶりもなにもかもが、昔の伯陽殿そのままだった。
「どうもあの狂剣という男、ひっかかる」
「自分で推挙しておいて……何が、だ?」
たしかに推挙したのは私だ。才能も認めている。だが、私に向く憎しみに似たあの感情は一体何なのだろうか。確かに全く、面識もなにもないはずなのだ。
「……まあいい。依頼したことは首尾よくいったらしいな」
「ああ。狂剣の腕は凄まじいよ」
「それでも何かひっかかる、と」
「……ああ」
弟である仲影殿のところに私の最愛の息子である伯岐がいるということは、まだ言っていない。伯陽殿には伯岐は好事家に売り払ったとだけ告げてある。
どうも風のうわさには、仲影殿が伯岐を溺愛していると聞こえてきている。溺愛のあまり、半月ほど出仕をしなかったこともあったらしい。
「知っているか?良には、その心を奪った者がいるらしい」
「……そうなのかい?」
「誰かまでは聞き出せなかったが、許せんな……」
ぐしゃり、と伯陽殿の手が書簡を握りつぶした。
伯陽殿は、弟である仲影殿を溺愛していた。思い余って抱いたことすらあるらしい。だが、そのせいでだろう。仲影殿に差し向けられた賊によって父君もろとも殺されかけた。そして今また、仲影殿を手に入れようとしている、ということらしい。
私と伯陽殿との間には、同族意識が芽生えていると言って差し支えないだろう。私も一人息子である伯岐に、仄暗い感情を持っている。後ろ暗い関係で、だからこそどうも離れがたい関係でもある。
「どうするつもりなのかな」
「さて、どうしようか。良の邸に狂剣をけしかけて、その者を始末させるというのも悪くはない」
そうつぶやく伯陽殿に寒気を覚えた。このままでは、伯岐が危ないのではなかろうか。もともと、狂剣は伯岐を狙っている。獲物が同じであると、知ってしまえばどうだろうか。……あまり考えたくはない。
「何か引っかかることでもあるのか?」
「……いや。なんでもない」
「まあ、いずれ良の大切にしている者というのは始末するとして、伯修」
「何かな」
「私は退屈しているんだ。相手をしてくれないか」
妖艶に微笑む伯陽殿に背筋がぞわりとする。
互いの傷をなめ合うように、私と伯陽殿はたまに体を重ねていた。私はどうせ叶うことがないという諦念のもとにだが、伯陽殿のそれはきっと違うのだろう。
そっと伯陽殿の眼前に跪く。
ちらちらと揺れていた灯が、風に吹き消された。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
40 / 68