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秋霜にしおりをはさみました!
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秋霜
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「君は武官の職を解かれた。……ある人の命だ。恨んでくれるな」
上司に呼び出され、何事かと思って向かった先でのこの一言だ。
あまりに突然の事に頭の中が真っ白になった。やっと認められ王都に出てくることができて、都の門の警護という仕事を仰せつかってまだ一か月もたっていない。ある人、とはいったい誰なのか。王以外にそういった権限を持つ人間がいるとでも言うのか。
「一体誰が、そんなことを……!」
「文句が言いたいなら、この書簡を持ってこの屋敷を訪ねなさい。……魔王の邸だ。くれぐれも失礼のないように」
そう硬い表情で言う上司の顔は引き攣っているように見えた。魔王とは……そんなに恐ろしい人だというのか。
しかし、何故俺だというのか。ほかにも警護の人間など沢山いるはず。王都に来る前も大したことはしていない。なのに、何故?上司が出て行った後も、俺はその場に立ちつくしていた。
書簡の表には、鄭仲影殿、と書かれていた。鄭家、どこかで聞いたことがある。あれは確かほかの武官たちが噂していた。鄭家の当主が、また気に入らない貴族の家をつぶしたらしい、とか、また物流を止めたせいで市場が大混乱に陥っているだとか。よくない噂ばかりだったはずだ。何故俺が、その当主に目をつけられたのだろうか。とにかく、行ってみなければわからない。書簡を握りしめ、わずかな荷物をまとめて歩き出した。
着いた邸はとても広く、しかしどこかそわそわとあわただしそうに見えた。何かが起きた後、と考えるのが正しいだろう。王都に来る前によく見た、賊が押し入った後のような騒がしさだ。
書簡を使用人に渡すと、すぐに客間に通された。
座って待っている。手持無沙汰で出された茶をすすった。高級品らしく、香りも何もかもが今まで飲んでいたものとは雲泥の差だ。
急ぐような小走りの足音が近くなり、扉が思い切り開かれる。あの男がこの屋敷の主人、魔王と呼ばれる男なのだろう。
整った細面に鋭い色素の薄い茶の瞳。たくわえた口髭と顎鬚はよく整えられ、深い茶の長い髪を高い位置で軽くとめてある。優雅だが、どこか恐ろしい印象を与え、魔王という言葉に思わず納得してしまった。
「君が、李子珱だね?」
「……わざわざ武官の職を解いて呼び出して、何がしたい」
口にする言葉はとても柔らかいがどこか冷たいものを感じさせられる。これは、言葉を間違えたら大変なことになりそうな気がする。
「君を雇いたくてね。武官との二足の草鞋は大変だろうから、官職のほうを解いてもらった」
くすくすと笑う魔王は、まるで罪悪感などなくこともなげに言い放ち俺の向かいの椅子に腰掛けた。
ここに来た時点で、俺の運命は既にきまっているのだ。権力を使えば、きっと俺をここに閉じ込めて置き傭兵をさせるのも容易いだろう。したいことに簡単に権力を使い大概のことは容易に成し遂げる、こいつはまさに魔王だ。
「君の事は調べさせてもらったよ。私が目を付けた理由が知りたいんだろう?……君の、血だよ。遥か昔妖魔と交わり人と魔の入り混じった血。君の瞳もそのせいで異質なものになっている。その力が、今の私には焦がれるほどに欲しいんだ」
ぞくりとした。この男は、そこまで調べていたのか。
「傭兵になればいいんだろう?どうせ、それ以外に道はないだろうし」
「物わかりが良くて助かるよ。私には権力はあるが武力はない。強奪されたものを強奪する力がない。……ごめんね、子珱。巻き込んでしまって」
その言葉には、確かに労わりが含まれていた。そんな気遣いもするのか。俺を雇ったのは緊急事態だからだ、と言外に言っているようなものだ。
一体それはなんなのか。腰を据えて聞く必要がありそうだ。
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