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錦秋にしおりをはさみました!
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錦秋
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姓は商、名は景、字は伯岐。宗国王都の者。
父は冲、建国より功ありて貴族となりし家の後なり。
血雲と号し幼き頃より才を露し、鄭良のもとで数多の詩文を作りし詩人なり。
詩を評して曰く、『その詩をうたえば花が咲き、枯れ木が蘇る』と。
―――宗書『奇人伝』巻の三
木の葉が赤と黄色に色づき、冷たい風が吹く季節になっていた。朝目覚めれば、仲影が隣で眠っている。その安らかな顔を見て、思わず笑みが零れる。仲影のくせで、生まれたままで互いの体温を感じながら眠る。寒さで思わず体を震わせた。
畳んであるうすい夜着を羽織り、窓から外を見る。窓という枠で切り取られた庭はいつもよく手入れされ、美しい情景で私の目を楽しませてくれる。朝焼けの赤い空がとても美しい。
一瞬、景色が霞んで見え、くらりと倒れそうになる。ふらついた身体を支える暖かい手。そのまま後ろから抱き締められた。
「大丈夫かい?」
「はい……目が、かすんで、平衡感覚がわからなくなっただけです」
「今日は黄医師が来る日だろう?頼んで鍼をうってもらいなさい。気を付けなければ駄目だよ」
穏やかにだが怒られてしまった。確かに、最近体調がよかったからと油断していたかもしれない。黄医師にも、いずれ私の目ははっきりと物を見ることができなくなるとはっきりと言われている。
夜着を肩からぱさりと音を立てて落とされる。背中の彫り物を愛おしげに撫でる感触。この翼に、仲影にふさわしい人間になれるだろうか。私はたまに不安になる。
仲影につけられた所有印をそっと指先でなぞる。ふと、言葉が浮かんでくる。
囚われた姫君と、それを救おうとする身分の低い侠客。姫君を救い出したら、今度は侠客が囚われる。姫君の愛という、重い檻に。
「珍しいね。君が俗っぽい詩をつくるなんて」
「こういう詩は、お嫌いですか?」
「いや、君の作る詩は俗っぽいのにどこか洗練されていて美しい」
くすくす笑う仲影は私の顔をその手で包んで、触れるだけの優しい口付けをくれた。そして、自分の羽織っている夜着で私まで包む。体温が心地よくて、そっと体を仲影に預ける。それに気をよくしたのか、良い子だね、とそっと耳元で囁いて強く私を抱き締めてくれた。
「今日の朝餉の粥は鶏と松の実だよ」
「美味しそうですね…」
「ああ、今日も楽しみだね」
そんな他愛もないことを話す。脅威を乗り越えた今、私は目が見えなくなる前に仲影にふさわしい男になろうと技術と知識の習得に焦っていた。しかし、そんな私を仲影は叱ったのだ。
―――そんなに焦って急いだって、知識も技術も身につかない。私の傍にあるに相応しい男になど、到底なることなどできない。慌てることなどない。目が見えなくなったって、君は私の傍にあるに相応しい男になれる。
その言葉に、安堵と仲影という男の懐の広さ、そして私を想う厳しい優しさを感じた。そして、この人のためだからこそ、相応しい男になりたいと願った。いつか、約束した名前をもらえる日まで、自分を磨こうと心に決めた。
「使用人が来たようだよ。着替えて、朝餉にしよう」
「はい、仲影」
仲影の使用人が朝餉と着替えを置いて下がると、お互いに着衣を整える。仲影がわざと着衣をしわにしてきている。私になおさせるためだというのはもう何度もしているから、よく知っている。仲影の着衣を直しながら、わざとでしょう、と大して怒ってもいないが少し膨れてみせる。
そして、今日も楽しい一日が始まる。
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