アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
月明りとにしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
月明りと
-
街灯に当てられて、歩く夜道。
それは、ある春の夜。
side 世能 遼人
部活帰り。
体育館で居残り練習出来ないから、仕方なく公園で自主練。
すっかり日も暮れた公園。
流石に疲れたとばかりに、帰りもせずベンチに居座る、まだ肌寒い春の夜。
汗も冷え、指先は悴む。
何気なく見上げたのは、ぼんやりと薄暗い街灯に照らされて、今が見ごろの満開の桜。
近所の小さな公園に植えられた、その桜。
昼間は目にとまることのない、それ。
「なんだ、思ったより立派じゃん、」
花見をするようなでかい公園でもないから、誰も夜に来ないけれど。
夜のこの、独特の空気のせいなのか。
それとも、雲一つない、漆黒の夜空に浮かぶ萬月のおかげなのか。
やわらかな月明りと、街灯と。
まるで特別な桜に見える。
ひっそりと、それでいて確かに佇む桜の木。
穏やかな春の夜に、ひとり。
『さくら、見に行こう、』
『ハルトが誘ったんだから、ぜったい、ふたりで、』
『一緒に、』
縛り付けるのは、そればかり。
俺は、1度だけしか言わなかったのに。
お前は、何度も何度も、その約束を繰り返した。
その楔が俺を縛り続けてる。
まるで、呪いだ。
俺の身体や心までも縛って放しやしないのだから。
「…一々しつけーんだよ、お前は、」
こびり付くまで繰り返すンじゃねぇよ。
その契に、縋るように生きていくようで。
俺は、お前が思うほど、強くはないんだ。
『ハルトは、悪くないんだ…っ、』
『ごめんなッ、…っふ、ごめ…、』
はるとと同じ気待ちになれなくてごめん。
アイツは、俺に何度も何度も嗚咽交じりの謝罪を繰り返したんだ。
何時だって、俺を責めようとせず、自分が悪い。
そうやって、追い詰めて追い詰めて。
アイツは俺の言葉なんか、聴いちゃいなかった。
"誰が、ンなこと、頼んだよ?"喉から零れそうな言葉。
ぐっと呑み込んで。
俺と同じ気持ちじゃないと、申し訳ない。
俺と同じじゃないと、意味がない。
アイツは、ナルは、ぶつぶつと呟くのだ。
ただ、隣にいてくれればいい。
そんな、囁かな願いが、どうして、こんなにも。
遠くて、儚くも淡く、まるで手に届かない願いなのか。
"何も、望まなければよかった。"
俺の結論は、これに行き着いてしまった。
朧気な月、
靡く風音は、微かに生い茂る木々の隙間を抜けて。
それは、啜り泣く声に似ている。
萬月の静寂。
降り注ぐ月明かりの中に、忘れ去られた桜の木。
月が、その光が、強過ぎるせいなのか。
辺りの星は、ひとつも見えない。
広すぎる夜空に浮かぶ萬月が、酷く孤独に見えた。
「綺麗だ、」
それなのに。
どうして。
瞳に映る萬月が、美しいのか。
腕を摩る。
少しも暖まらない身体。
夜が深まる、公園は、周りは何も見えない。
膝を抱き寄せ、瞼を綴じて。
陽だまりの中にある、あの頃の記憶が、頭の片隅でちらちらと霞む。
誰かが悪いとか。
そうじゃないとか。
そんな、些細なことは本当にどうでもよくって。
この未来や結末を受け入れるしかないのだ。
うだうだと後悔するのは、それだけで根気がいる。
前向きでもない。
後ろ向きでもない。
中途半端な、俺は、
今日という何気なくも、当たりにあるこの日。
それを、きちんと、
自分の手で完結させなければ、
明日を受け入れることができないだけ。
寝て目が覚めれば、
明日なんて簡単にくる。
そんなことは、わかりきってる。
だけど。
少なくとも、今の俺には大切なことなのだ。
「…今日もお疲れ様、」
瞼をゆっくりと、明け。
ひらり、と手のひらに舞散った桜の花弁をそっと握り締めた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 8