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フタミ_1にしおりをはさみました!
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フタミ_1
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フタミの近くに車を駐車してネクタイを締め直した奏介さんは僕に向き合うと
「愁くんを貰い受けるまであと一歩だ。撒き餌もちゃんと用意してあるから、これは最終確認にしかならないんだけど。」
真面目な秘書の顔に戻っている奏介さん。
撒き餌?何の事だろう。
「本当にいいんだね?」
この人に連れてこられなければ、きっと僕は何も気付かないフリをしたまま尻込みしてあの苦しい気持ちから逃げるだけだっただろう。
それじゃあこれまでと何も変わらない。
「はい。僕のためにご尽力いただきまして、ありがとうございます。」
そう、最終確認だ。
これは僕にとって大きな人生の分岐点になる。
こんな決断する予定はなかったし、こんな気持ちになるつもりもなかったけど
今度ばかりは後悔したくない。
そのための選択肢をわざわざ用意してくれた優也さんに、奏介さんに嫌な思いをして欲しくない。
僕もネクタイを締め直して助手席から降りる。
向かう先は社長室だ。
田舎から出てきたばかりの学歴も職歴もない僕を雇ってくれた社長。
まさか優也さんが親会社の社長だったなんて考えもしなかった僕。
引き抜き、という不自然な形になっているこの状態をどんな気持ちで見ているんだろう。
エレベーターに乗って社長室の前まで行くと、社長が出迎えてくれた。
心なしか、とても嬉しそうな顔をしている。
部屋に入るまで待ちきれなかったのか、立ち話の形式で話をはじめている。
「橘様、先程、火野社長からメールで図面をいただきました。例のアウトレットモール建設予定地のものかと存じますが、詳しい話は橘様から伺うようにとのご指示でして、その」
アウトレットモール建設予定地?
それって都下の開発区域にできる予定と噂の広大な土地の事か。
東京都の持ち物であるその土地はまだまっさらで、そこをまかされる業者は東京都が選別していて余程実績のある会社でなければ入り込めない。開発して人を集めたいその地域と、持ち主である東京都との両方からの支払いになる為、当然まとまった金額を提示される仕事になるだろう。という話を新聞で呼んだ記憶がある。
「ああ、早かったですね。」
勿論そのまっさらな土地を開発する事になれば、フタミコーポレーションが取り扱っている地盤調査だってどこかの会社が請け負う事になるはずで…
まさか。撒き餌ってこれ?
そんな規模の大きな仕事、この会社では聞いた事もない。
こんなエサ撒かなくても僕は強引にでも優也さんの元に行くつもりだった。
それだけじゃあ心許なかったっていう事?
「その図面は先日、私どもに任された地域のものです。建設の半分はファイヤー建設が請け負う事になりました。建設の前の地盤調査にフタミコーポレーションを推薦させていただきたかったのでお送りさせていただきました。日程的に期日は少しタイトな物になるかもしれませんが」
う、嘘でしょぉー?
こんな大きな仕事。経営者なら誰でも欲しがる仕事のはずだ。
チラリと僕を見る社長。
そうですよね。売り飛ばすみたいで気が引けますよね。
でも、こうなればもう、どーんと売り飛ばしてくださいよ。
これで少しは雇ってくれたこの会社への恩返しになるはずだ。
そんな願いをこめて社長に貼付けた笑顔を向ける。
「誤解なさらないでくださいね。この程度の仕事で南野さんを買い叩こうと思っている訳ではありませんよ。子会社である御社へのお礼のつもりで火野が用意したものです。了承が得られれば今日にでも推薦状を都に送る準備がございます。」
曖昧に何かを言おうとして、暑くもないのに汗をぬぐう社長。
「まあ、その話はともかく、本題に入らせて頂いてかまわないでしょうか。」
そう言うと、僕と橘さんはようやくソファーを勧められた。
「単刀直入に申し上げます。今回の出向は本当に仮の手続きでして、火野はすぐにでも南野さんを秘書に貰い受けたいと考えております。つまり、会社都合での退職を願っているという訳です。南野さんには出向する所まではご納得いただけております。後は御社の都合がいつつくのか、という事になります。」
「た、退職でございますか。それは一時的な秘書のご用命ではなく、南野を継続的な秘書にしたいというご希望という事でしょうか。」
その言葉に何かひっかかる物があったのか、奏介さんがぴくりと眉をひきつらせた。
「ええ。彼はとてもこの仕事に向いている方だ。社長が反対していらっしゃるわけでなければ是非そうして頂きたいですね。早ければ早い程いい。それからこちらは手みやげですが、御社の土地契約書です。捺印さえいただければ3ヶ月後にはこの土地は社長の物になります。」
それを聞いて渡された書類を血走った目で見る社長。
「御社は確か支払いに滞りがあったと存じておりますが。これで解消できるでしょうか?」
フタミの経営が傾きかけているのは何となく感じていたけど、ここまで痛いところをつつくなんて。
爽やかな笑顔を纏い続けて、よくそんな不穏な台詞が出てくる物だ。
こんな好条件を親会社から受け取れば、この会社はますます頭が上がらないだろう。
でもあの社長はきっと、この条件をのむだろう。
土地も仕事も与えて、優也さんの手に入るのは僕だけ。
それって大損害なんじゃ…
「南野さん、これが火野の誠意です。あなたにはもう迷う権利はないし、この話をこれ以上聞いてもらう必要もありません。さあ、仕事と荷物の整理をなさってください。時間になれば火野が迎えにきてしまいますから、ゆっくりしてはいられませんよ。帰る頃にはまた声をかけますから。」
ここまでの決意を持って彼は僕を迎えにきたんだ。
”攫いにきた”
優也さんのあれは冗談では決してなく、本気で…
その為に奏介さんに交渉を任せた。
この人なら完璧に僕を連れてくるだろうとわかっていて。
この完璧な営業スマイルこそ僕の求めていた仮面の笑顔。
はがれ落ちることも隙をつくることもない鉄壁の仮面。
つくりものの僕の笑顔が武器になると、それはこういう場面で発揮されるものなのかもしれない。
圧倒的な威圧感を与えながら笑顔で相手を追いつめる。
身震いしそうな自分を抑えて、この笑顔を瞳に焼き付ける。
これが僕の目標とする仕事姿だ。
この形を目指せば、優也さんの役に立てるかもしれない。
思わぬ目標を目の当たりにできて、何だか少し前向きになれた気がした。
「わかりました。それではこれで失礼いたします。私は8階におりますので、お帰りの際にはご連絡ください。」
車の中で見た笑顔とはまるで雰囲気の違う顔を見ながら社長室を後にする。
部署に戻るのは気が引けたが、もうここに来る事ができないかもしれない事を考えれば片付けなければならない自分の仕事がいくつもあったのを思い出す。
誰かにやってもらわなくてはいけない。
といっても、少人数で小さな部署だ。身近の上司に任せるしかない。
要するに、河野さんに頼むしかないのだ。
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