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君の話を聴こうか、[結論]にしおりをはさみました!
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君の話を聴こうか、[結論]
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捻挫は、幸いにもそんなに酷くは無かった。月曜日の学校帰りに寄った病院で手当てを受け、暫くはあまり負荷をかけないように言われた。ここで無理をすれば悪化するからと、利き手である右手を故障した不便さをしきりと同情されたけど、両手利きなのでと説明するのは面倒で頷いた。
バイトから帰って来た紅葉と兄ちゃんは、ずっと気になっていたのか直ぐに僕の部屋に押し掛けて来て、手首はどうだったか聞いてきた。
「なら、その捻挫が治るまでは、バイトは全部僕が行くよ。」
「うん、オレもそうした方がいいと思う。捻挫してんのに、無理すんのは良くない。」
病院で言われた事を話すと、2人で申し合わせたように言ってきた。きっと帰り道で話し合って決めてたんだろう。でも僕にも、僕なりの考えがある。
「でも明日は、どうしてもバイトに行きたいんだ。それに雨の予報だったから、そんなに客は多くないと思うし。」
雨の酷い日の夕方は雨宿りでもない限り、駅近くのカフェは素通りでみんな足早に駅へ入って行ってしまう。
「でも、無理して悪化したら…、」
「なあ、そんならオレも明日はホールに出るようにするから。重い物は、楓の代わりにオレが運ぶ。」
兄ちゃんは、楓が行きたいって言ってるんだからと、心配する紅葉を安心させるように提案した。
「有難う兄ちゃん。それと…迷惑ばかりかけて悪いんだけど、2人にバイトの事でもう一つお願いがあるんだ。」
何、と同時に見てくる。僕はずっと考えていて、どうするか迷っていた事の結論に達していた。兄ちゃんは、このバイトが好きで気に入っているから辞めないと思う、そして紅葉もそうだ。だったら…、
「僕は、明日でバイトを辞める。捻挫して続けるのは難しいってきちんと説明して、代わりに紅葉を店長に紹介しておく。次のシフトからは桜井紅葉として、ちゃんと紅葉の名前でバイトして。」
「え…、何で…。」
「楓は、それでいいのか?バイトしたいって言ってたのは、お金以外でなんか目的があったからなんだろ。」
兄ちゃんは時々鋭い。僕の目的…それは、少し世間を知っておきたかったから。ずっと勉強ばかりだった所為で、兄ちゃんみたいな生活能力を僕は持って無い。いや、それは出来ない者の言い訳だ。だって兄ちゃんは、勉強だって両立してる凄い人だ。
それに…紅葉だって凄い。同じ環境で育ったのに、どうしてこんなに役に立たない気位ばかりが高くて、紅葉みたいに柔軟になれないんだろ。
新しい環境の中で、何かを挑戦してみたかった。僕は、自分の愚かさと向き合うつもりだったんだ。
「うん。目的はもう果たしたから、」
向き合ってみたものの、こんなに打ちのめされるなんてね。もう、自分の存在意義すらも見出せなくなっている。これ以上は、バイトを続ける事は難しい。
「楓…、」
「紅葉、大丈夫。心配しなくても上手く店長に言って、絶対にバイトを続けられるようにするから。」
あの店長の事だ、紅葉のバイトが無理なら兄ちゃんもバイトを辞めますよと、一言付け加えるだけで即採用だ。
「…うん、それは良いんだ。そうじゃなくて、」
分かってる。紅葉はそんな事を気に掛けているんじゃないって、きっとバイトを辞める本当の理由が知りたいんだろう。でも言うつもりはない、というか言えない。だから、目は合わせない。
僕は今、紅葉という存在に嫉妬してる。誰よりも互いを理解しているからこそ、紅葉にはこの醜い心を知られたくなんかない。
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