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救世主の正体にしおりをはさみました!
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救世主の正体
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昨日あった事は五條には絶対に知られたくなかった。
余計な心配をさせてしまうのは嫌なので、1日暑い中サマーカーディガンを着て過ごした。これを着ていれば幸いにも胴体を中心についた痣は隠れる。切った唇だって外から見れば分からないし、運良くか五條は何も尋ねて来なかったのでいつも通りに過ごせた。
「わりーけど、今日も練習あるんだ…」
昨日と同じ、彼はエレキギターの入った黒いケースを肩にかけて放課後の練習に向かおうとする。俺は「わかった」と返事をして教科書の詰めた鞄を背負う。
それを見た五條は口を一文字に噤むと少しの間立ち尽くしていたが、いきなりふにゃりと照れ臭そうに笑った。
「あ…あー、時間あんならさ、練習見てく?すぐ済ませるし…一緒に帰ろーぜ」
その提案に少し心が躍った。彼が弾いている姿を見てみたかったし、何より一緒に帰ろうという言葉が嬉しかった。
「いいのか…?」
「おう、来いよ」
五條は俺の肩を軽く叩くと、そのまま扉の方へ歩いていく。軽音部の活動部屋である視聴覚室へ向かった。
重い扉を開いた瞬間から、派手なリズム音とマイクを通した大音量の歌声が耳に飛び込んできた。この部屋は講堂までとはいかないが、教室二つ分ぐらいの広さがある。
手前の舞台スペースには両サイドにスピーカーが設置してあり、そこでバンドごとに時間制で代わる代わる練習をしているらしい。
舞台に向かって、部屋の奥から緩やかな床の雛壇が続き、本来生徒が座って授業を受ける為に並べられた長机は今は交代待ちの部員が各々楽譜を見たり楽器を調整したり、歌に聴き入ったりと自由にしている。五條は近くにいるのにも関わらず大きめの声で説明してくれた。
「俺が入ってるバンドは後もう少しで舞台使うから。んで15分間借りれるんだ。あそこにでも座って待っててくれよ」
と、指差した先は唯一空いている席で俺は頷くとその場所へ向かう。五條はバンドメンバーの元へ駆け寄って行った。
座った場所は雛壇の最後列だ。数分後、曲が鳴り止み五條がいるバンドと交代した。
チューニングが始まり、メンバーの人達は小さく談笑しながら各々楽器を調整する。五條の持つ赤いボディのエレキギターはその中でも一際栄えていた。ドラムの合図の元、演奏が始まる。流れた曲は俺も聴いたことがある、かつてCMで使われていた曲だ。
ボーカルは華奢な女の子だがその体に似合わず迫力のある歌声に合わせてギターとベースが調和しながら音を刻み、フィンガーボードに手を掛け弦を弾く五條はなんとも楽しそうだ。
全身でリズムを刻みながら巧みに音を奏で歌う彼らはとてもかっこいい。魅力されて聴き入っていたらあっという間に一曲目が終わってしまった。少し話し合をして、彼らは二曲目を演奏し始める。ロック調の激しいこの曲の事は知らなかったが、それでも彼らが一生懸命に演奏する姿は見ていて気持ちがいい。
「へえ…上手いじゃない」
突如、隣から呟きが聞こえて思わずそちらを見た。いつの間にか黒い髪の男子生徒が腕を組んで立っている。「ねえ?」と俺に同意を求めてきた彼がこちらを向く。その顔には見覚えがあった。
「あ、アンタは…」
彼は、昨日沢山の不良から俺を助けてくれた男だった。カーディガンは着ていなかったが、その顔は紛れもない。
「昨日、助けてくれた…?」
確認してみたら、男は一瞬考えるような素振りをみせ「あー」と少し濁して微笑んで見せた。
「君に話があるんだけど」
昨日よりも幾分も落ち着いた口調で男は俺に付いて来るように指示をした。舞台の方を見れば五條達はまだ練習中だったが、話があるなら仕方がないと後について行く。
部屋の外で話すのかと思いきや、黒髪は廊下を歩いて進み出す。一体何処へ行くのだろうと付いていった先は生徒会役員室だった。
まさか、と思いつつも促されるまま室内へ入る。ここは初めてくる場所だった。普段は役員や教師以外立ち入る事はまず無い部屋。そして俺には今まで一度も生徒会との接点は無かった。
蒸し暑かった廊下とは違い、優しい冷風が出迎えてくれる。入ってまず目にはいったのが赤茶色の古びた二対のソファ。窓際には気持ちばかりの観葉植物が並べられており、ソファの後ろには大きな衝立が部屋の中央を仕切っていた。
想像してたよりも至って簡素だ。
しかし何分過ごしやすそうな部屋である。
黒髪は衝立の前まで行くと中を覗き込んで「海彦ー、連れてきたー」と誰かの名前を呼んだ。すると奥から「はいよー」と気怠げな返事が聞こえてきて、足音と同時に衝立の向こうから黒髪の男とまったく同じ容姿をした男が出てきた。
唯一の違いはカーディガンを着ているか着ていないかだろう。まるで手品のような光景に思わず「え?」と声をあげてしまった。カーディガンを着ている方の黒髪は小さく片手を挙げて真顔のまま俺に話しかけてくる。
「よっす、昨日ぶりー」
「駄目だ海彦、兵藤くん理解してない」
「あーそっかー、知らない子いてもおかしくないよなー」
彼らは双子だったのか。二人の会話で漸く状況が掴めてきた。カーディガンを着た「昨日ぶりー」と言った方が不良から俺を救ってくれた男だ。
視聴覚室から連れてきた方は今日が初めて会ったことになる。兄弟は自身を指差し俺に向かって自己紹介をしてくれた。
「2年2組、大野海彦でーす。生徒会長やってます。あ、俺が兄ね」
続いてYシャツを着ただけの黒髪が同じように指を差して続ける。
「2年5組、大野山彦です。副会長やってます。俺が弟ね」
二人を並べて見比べたら確かに多少なりと違いがハッキリした。前髪の分け目も違うし、大野兄は随分なアヒル口だ。
兄弟は校内でもっとも行事に献身的な生徒会役員という存在にも関わらず彼らを全く知らなかったという自分が恥ずかしかった。
通りで、見たことがある顔だ…集会の時に数回見たというだけだが。
大野兄は古びたソファを指して「まあ座りなよ」と促してきた。そういえば、ここに来たのは話があるからという事だった。
遠慮なく腰を降ろすと、向かいに大野兄弟が並んで座った。彼等の後ろに立つ衝立の向こうからは一切物音がしないので、どうやらこの部屋に居るのは俺含め三人だけのようだ。
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