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人助けにしおりをはさみました!
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人助け
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まだ万全じゃなかったが、五條は学校へ来た。大丈夫かと心配する周りに対して「おう!もう全然平気」と笑って腕を振って見せていて、いまだ残るテーピングも痛々しかったがその笑顔も痛々しかった。
「無理しちゃって…」と五條に耳打ちをしたら「お前の怪我はどうなんだー」と既に完治した全身を怪しい手つきで弄られる被害に合ったので二度と余計な事は言わないと固く誓った。
今日も一緒に帰るはずだったのに委員の都合で結局五條を一人で帰らせてしまい、空が赤く染まった頃、彼は無事に帰れただろうか…と不安になりながらやっと帰路についた時だ。
前方に見覚えのある後ろ姿が見えてほんの少しだけ歩を早めた。その人影は間違いなく五條の妹さんだった。しかし、彼女は重そうな鞄を肩に下げながら片足を引き摺るように慎重に歩いている。一歩進むのがあまりにも辛そうだ。一体どうしたんだろうかと不安になり声をかけた。
「実桜ちゃん…?」
「!っわ、直人くん!」
ビクっと肩を震わせてこちらを振りかえった実桜ちゃんは一瞬驚いて顔を強張らせたがすぐに笑顔になった。「ここで会えるなんて感激ー」という彼女に笑い返すと気になったことを聞いてみる。
「足…怪我したのか?」
「あー、うん。メールしながら駅の階段降りてたら踏み外して足捻っちゃったー…実桜超だっさーい」
苦笑しながら捻ってしまった左足を少し浮かせて見せてくれた。実桜ちゃんはいつも駅から歩いて家に帰っているらしい。足を捻った彼女にとっては教科書の詰まった重い鞄を持って歩くのは辛いだろう。とりあえず「持つよ」と一声かけて鞄を受け取った。
「あー超やさしー…」
しみじみと感じるように言う彼女はここまでそうとう頑張って歩いたのであろう…些細な事で感激している。少し楽になった様子の実桜ちゃんはまたゆっくりと踏み出した。ふらつく彼女に腕を差し出してどうぞと掴まらせる。
俺の一歩は彼女の二歩ぐらいに相当するので気を配りながら何メートルか進んだのだが、このままじゃ日が暮れて余計に危なくなりそうだ。
見かねた俺は出来るだけ変な意味に誤解されぬよう慎重に提案してみた。
「よかったら、背負うけど…」
「え!」
叔父さんの家が診療所だと言うことを付け加えてから家に来ないかとも促す。彼女は怪訝そうに見るどころか、逆に輝くような瞳で見上げてきた。なんだか…新鮮だ…。
「いいんですか!」
「このままじゃ日が暮れて危ないから…」
「キャーっ」と歓声(?)を上げた実桜ちゃんは「おねがいします!」と小さく頭を下げてくれた。乗せ易いようにその場に片足をついてしゃがむ。彼女は躊躇いなく近付いてきて、俺の肩に手を置いたが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「ちょっと待ってね!」
と一旦俺から離れる。どうしたんだろうと振りかえったら、彼女は制服のスカートのウエストへ手をまわして何かをいじっていた。そうすると短かったスカートがみるみるうちに膝下まで伸びる。ああ…女の子のスカート丈の構造はそんな事になっているのか…と思わず感心した。
「今度こそお願いします!」と笑ってしがみつく。掴まったのを確認して肩に鞄を掛けると実桜ちゃんを背負って歩きだす。少しだけ早足で急いでいたら頭の後ろから遠慮がちな声が聞こえた。
「あの…重くない…?」
「軽いよ」
かつて五條と五條のギターと二人分の鞄を背負って全力疾走したことがある俺に実桜ちゃん一人は不安になるくらい軽い。俺の返事に安心したのか「えへへ」と笑う声が聞こえる。時たますれ違う通行人に微笑ましいような何とも言えないような表情で見られて恥かしかったがこの場合仕方がない…かな。
二言三言会話を交わしているうちに、思ったよりも早く叔父の家についた。
今度は女の子を連れてきた俺に叔父さんと涼子さんは「春がきたの?!」と他の患者さん達の目の前だというのに叫ばれてしまった。慌てて五條の妹さんだと説明すると「なーんだ」と安堵して笑った二人は彼女の足首を目にもとまらぬ早さでぽんぽんと治療してしまう。
「軽傷だから三日もすれば治るよー」
「えへへ、ありがとうございます」
包帯を巻いた足首にそっと靴下をかぶせている実桜さんを見ていたら叔父さんが笑いを含んだ声でそっと囁いてきた。
「ちゃんと家まで送ってあげるんだよ?」
「…分かってますよ」
なぜかまだ誤解がとけていない気がする。
実桜ちゃんを自転車の荷台に乗せて五條宅がある住宅街に差し掛かった。既に日が落ちて暗くなったせいで道がよく分からなくなったので彼女に「そこ右でーす」と案内されながら進んでいく。そういえば、前は五條を乗せて来たんだよなと思いながら右折したら、突然彼女よりも後ろから声がかかった。
「二人乗りは交通違反ですよー」
それは男の声でお巡りさんにでも見つかったんだろうかと、捕まって怒られるのは厄介だなと思いながらもブレーキをかけて速度を落とした。すると今度は実桜ちゃんが「敦くん!」と言ったので俺は本格的に自転車を止める。
…中島だと?
振り返れば見知った金髪男が「はろーん」と笑いながら近づいてきた。幼なじみだけあって、中島もこのあたりに住んでいるのだろうか。それにしても最近、よく会うな。
彼は体についた装飾品をじゃらりと揺らしてからかうように拗ねた口調で俺たちに話しかける。
「ちょっとー二人ともいつの間にそんなに仲良くなったわけェ?付き合ってんの?」
「えへへー実桜のー彼氏ー」
荷台に座った彼女は否定することもせず嬉しそうに俺の腰に腕をまわして抱きついてきた。
「おいおい…」
「俺という者がありながら実桜ちゃんの浮気ものー」
「実桜は乗り換えの早い女なのーえへへ」
へらへらと笑いながら冗談を言い合う2人は楽しそうだ。一体中島は何故に五條とは仲良くできないのだろうと疑問に思ってしまう。喧嘩などふっかけずに好意を持って接してみたらいいのに。
すると話に夢中だった実桜ちゃんが「そうだー」と話題を切り換えた。そして中島の方を向いていた彼女は俺の方を振り返る。
「直人くん、あのね今日のお礼と言ってはあれだけど、駅前のホテルのケーキバイキング行きませんかっ」
「バイキング…?」
「そうそう。お姉ちゃんと2人で行く予定だったんだけど、男の人が居た方が都合がいいの。予算はこっちで持ちますからお願い!お兄ちゃんはケーキとか好きじゃないし最近何かスレてて機嫌悪いの…」
学校ではそうは見えないのに、五條の機嫌が悪いという言葉が少し気になった。バイキングに行くというのは悪い話じゃないが、茴香さんと実桜ちゃんに挟まれていくのは少し気まずい…。
俺を見ていた彼女はまた中島の方を向く。
「で、敦くんも一緒に行こう!」
「え、いいのー?俺甘いモノ好きだから行く行く~」
「ありがとう!直人くんは?行かない?」
よりによって中島が来ると聞いて狼狽してしまったが、そういえば一つ気になっていた事を思い出した。彼に二人きりで聞かなければならないことがある。もし来るなら、これはいい機会かもしれない。茴香さんと実桜ちゃんが居るならいくらなんでも問題は起こさないはずだ。
「…じゃあ、行く」
「やったー!お姉ちゃんも超喜ぶわ~。えっと今週の日曜に駅前の広場で10時集合ねー。その頃には実桜の足も治ってるし。二人とも大丈夫?」
「大丈夫、りょーかい」
「ああ」
もう一度中島の方へ視線を移したら、パチリと目が合った。彼はほんの少し首を傾げ口端をつり上げて笑った。そして音には出さないで唇だけを動かして言った。「な、あ、に?」と。
俺は何もないと首を振ってハンドルを握りなおす。実桜ちゃんの「バイバイ敦くーん」という言葉を合図に再び自転車を発進させる。
きゃっきゃと喜ぶ彼女の声を背中に感じながら、俺は中島の笑顔が脳裏から消えないでいた。
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