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18歳以上ですか?
凶器にしおりをはさみました!
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凶器
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中断した食事を終えてから
「出かけてくる」
僕は、弓弦さんを残して部屋を出た。
夜中から未明にかけて降ったらしき雨で、マンションの前の血痕は、きれいに洗い流されていた。
大家が箒を使いながら、僕に声をかけた。
「昨夜の救急車は、お宅?」
「ああ、そうです。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「大丈夫かい?」
大家が不審そうに僕を見回すので、
「僕じゃないです」
と、ことわった。
「友人が怪我をして。階段を汚してすみません」
「ああ。まあ、お大事に」
大家は特に何も知らないらしい。
大家は一階に住んでいたから、昨夜、何かあったら、気づくのではないかと思った。
言い争う声だとか、乱闘の気配だとか形跡だとか。
弓弦さんを傷つけた刃物を、掃除中に見つけさえするかもしれない。
でも、何も知らない様子だった。
僕は、さりげなく、マンションの入り口付近を捜した。
植え込みを覗いてみたけれど、何の証拠物件も落ちてなかった。
弓弦さんは、ナイフを失くしたと言っていた。
どこに?
マンションの前の用水路には蓋がしてあって穴も開いていない。
数メートル行けば、穴は開いているけれど、そこまで歩いたら血痕がつくはずだ。
ナイフを失くしたと言うのが嘘だとしたら、弓弦さんはずっとナイフを隠し持っていることになる。
鞄の中にでも入れてあったのだろうか。
そもそも、抜き身を持って歩いていたのか?
つまずいたって、どんなつまずき方だよ。
酔ってもいないのに、間違ってあんなに深く自分を刺すか?
とにかく、僕が思うには、というか普通に考えて、誰かに刺されたに違いない。
でも、だったら、なぜ人に刺されたことを隠して、自分の過失だと言い張る?
刺されたなら、事件だ。
犯人を……。
歩きながらそこまで考えたとき、弓弦さんを一人で残してきたことが、急に心配になった。
当座の用事だけすますと、急いで家へ戻った。
「ただいま」
「そう言って帰ってきた時に」
数歩歩み寄って、がばっと、弓弦さんが襲いかかる真似をしたので、僕は本気で驚いた。
「びっくりした……」
「あははは」
弓弦さんはまた馬鹿笑いをした。
「そんなに驚かなくたって、刺しはしないよ」
僕は、食料を冷蔵庫にしまいながら、ため息をついた。
「ナイフ、失くしたっていったよね、どの辺で失くしたの?」
右手で僕の買ってきたオレンジを放り投げてはキャッチしていた弓弦さんは、
「さあ、忘れた」
と気のなさそうな返事をした。
「今は持ってないんだね?」
「俺が凶器を隠し持っているとでも思っているのか」
弓弦さんはオレンジを床に落としたのを機に、鞄を片手で持ってきて、開けて見せた。
渡されてよくよく見たが、何の血痕もついていない。
刺した後でナイフを鞄に入れたわけではないようだ。
「君、ようやく警戒しだしたようだね」
弓弦さんは、鞄をよくよく見回している僕を見て、嬉々として笑って言った。
「君は平和ぼけしているように見える。俺は緩みきった君の日常に、緊張感を与えようと、身を挺して……」
「そうじゃないだろ」
人が真面目に話そうとすると、これだ。
全く、すぐふざけるんだから。
やめてほしい。
「多分、その辺に落としたんだと思う」
弓弦さんは、僕がいっしょになってふざけないせいか、つまらなそうに答えた。
「植え込みの辺り?」
ナイフなんて危険物を、その辺に落としたらよくないだろう。
それも血がついたものを。
怪しすぎる。
「そうかも」
「なかったけど」
僕は、彼の顔色を観察しながら言った。
「誰かが拾ったのかな?」
弓弦さんは追及を避けようとしているように思えた。
「刺されたのは、マンションの前だよね?」
僕は何の気なしに尋ねた。
気がつくと、弓弦さんが凍りついていた。
「誰かに聞いたのか?」
弓弦さんは、僕に、「刺された」とは、言っていなかった。
それで、僕が誰かから聞きだしたのかと、思ったのだろう。
「聞いたわけじゃないよ、誰にも」
僕は、むやみに彼を怯えさせたくなかったので、正直に答えた。
「そうか」
弓弦さんはほっとした表情を見せた。
しばらくして弓弦さんが、視線を空中に向けて、ぽつんと言った。
「大家が、血を洗ってくれたね」
そういえば、帰ってきた時には、階段の血痕がなかった。
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