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湧き上がる感情ににしおりをはさみました!
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湧き上がる感情に
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「雨降って、地固まるって感じかな」
合宿1日目の夕食は、班ごとに分かれ自主制作したカレーだった。生粋のお坊ちゃんの多い日野沢学園の生徒たちからすれば、いささか高難度の課題であるが、そんな中でも咲耶と有紀、迅と那波は独特の雰囲気を醸し出しながら、共同作業に打ち込んでいた。その様子を遠目に観察していた香澄は呆れた表情でそう呟いた。
「人間観察はいいから、お前も野菜ぐらい切れ」
働く班のメンバーを尻目に他の班の様子を伺う香澄を、カレー班において香澄の班のリーダーである流星は、香澄にジャガイモを差し出しつつ諌めた。香澄はそれを受け取り手前にある包丁を手に取ってはみたものの、直ぐに肩を竦めてみせた。
「いや僕がやっても良いけど、その場合この班のカレーには殆ど具材が入らなくなるよ?」
「そんなのここにいる誰がやっても大して変わらないだろ」
「・・・ごもっとも」
観念したように溜息を吐くと、香澄は隣でニンジンの皮を剥く流星の手つきを手本にしながら、ジャガイモの皮を剥き始めた。
「時に保科くん。僕の独自の調査によれば、君は虹原とほんの少し親密な関係になったと認識していたのだけど、あの様子を見ても何も感じないのかい?」
「はあ?突然何を言い出すかと思えば・・・。俺とあいつがそんな仲良さそうに見えるのか?一体どっから仕入れた情報だ」
「髪を切ってあげたそうじゃないか。君からすれば月瀬くんを陥れた天敵である筈なのに、随分お優しいこと。密室で2人っきりで美容室ごっこだなんて、なんだか恋が始まりそうだと僕は思ったんだけどね」
「戯言もたいがいにしろ。あれはただの同情だ」
鼻歌でも歌い出しそうなテンションで嬉々として話す香澄に、流星は嫌悪感を覚えぶっきらぼうに答えた。
「なんだ・・・つまらない」
香澄は一気に興味を失ったのか、目の前の作業にようやく集中し始めた。流星もニンジンを乱切りにしながら自分の胸に問いかける。そう、あれは同情だった。たった1人に愛されたくて、その瞳に映して欲しくて。それでもその思いは叶わず、愛する人は別の誰かに夢中で。流星もそんな思いを咲耶に対してずっと抱き続けている。だからこそあの日、流星は那波の髪を切った。毛先に残る愛する人への思いを断ち切るのをほんの少し手助けたくて。
『変えたのは、貴方ですけどね』
その言葉を那波に言われたのは予想外だったが、嬉しくもありまさに流星にとっては殺し文句だった。あの日から那波を意識してないと言えば嘘になる。だがそれは咲耶に対する気持ちとはまた別物だ。そう、今はまだ何も始まっていない。流星は迅の横で楽し気に笑う那波の横顔を見つめた。
「っつ!」
手元に鋭い痛みを感じ、流星は視線を戻す。香澄がいらぬ事を吹き込んだおかげて、余計な考えに気をとられ間抜けな事に指を包丁で切ってしまった。流星はため息を吐くと大人しくニンジンと包丁をまな板の上においた。
「悪いが、指を切った。少し離れる」
「え!大丈夫かい?結構出血してるように見えるけど・・・。そうだ!確か虹原が保健係だったから、診てもらうと良いよ!」
「いやそこまでは・・・」
「虹原ー!!!ちょっと良いかい?!」
流星の制止を聞かず、香澄は両手を振って那波を呼んだ。急に大声を上げた香澄に驚き、生徒たちの視線が一点に集まる。不本意な注目を浴び居た堪れなくなった流星は、逃げるように合宿所に向かった。
「保科くん!」
背後から声をかけられ、声の主に検討のついた流星はひとまず足を止め振り返る。香澄に言われ追いかけて来たのだろう那波は、肩を揺らしながら蜂蜜のように甘い色をした瞳を心配そうに歪めた。 先程香澄に妙な事を聞かれたせいか、那波のその姿に胸が鳴った。
「包丁で怪我をしたって聞きましたけど、大丈夫なんですか・・・?」
「あー、怪我したって言ってもちょっと指切ったぐらいだし、そんな心配して来てもらう程のことでもねーよ」
自分の不注意で負った怪我だ。流星は若干の情けなさに目を泳がせる。
「それを判断するのは保健係の俺です!」
那波は僅かに怒った表情を見せると、流星の怪我した方の腕を問答無用で掴み上げる。ぱっくりと割れた血の滴る傷口に那波は眉を寄せ、無言のままポケットから自身のハンカチを取り出す。
「おい・・・」
流星の声も無視して、那波は躊躇なくそれを流星の傷口に当てがった。
「全然大したことあるじゃないですか。変な強がり、やめて下さい」
「あー・・・悪かった」
那波にとっては睨みつけているつもりなのだろう。しかし学年の中でもずば抜けて身長の高い流星にとってはただの女顔負けの上目遣いでしかなく、耐性のない流星は目のやり場に困り仕方なく視線を逸らす。それを反省ととったのか、那波は愛嬌のある笑顔を見せた。
「分かればいいんです!合宿所の俺の部屋に救急セットがあります。取り敢えずカレーは班のメンバーに任せて保科くんはちゃんと処置しましょ」
「とても任せられるメンバーでは無いんだがな・・・」
香澄のじゃがいもの皮を切る手つきを思い出し、苦笑いを浮かべる。那波は大きな目をパチクリと瞬かせると、吹き出して声を立てて笑った。
「それもそうですね。じゃあ一刻も早く班に合流できるよう、迅速に処置します」
「ああ。よろしく頼む」
こんな楽しそうに笑う那波を見たのは初めてで、流星はまた鼓動が早くなるのを感じた。
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