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天使のような存在に
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56話
夕日が差し込む部屋で、流星は那波に手当を受けていた。献身的に手当を施す那波の亜麻色の髪が、橙色に照らされ淡く輝き、まるで天使のようだと柄にもない考えが浮かぶ。そのせいか那波と指先が触れ合う度、流星は背徳的な気持ちになった。
「・・・風間とは仲直りできたのか?」
「え?」
「いや、昼に風間と揉めてたみたいだし、どうなったかなって。お前あいつの事好きなんだろ。あんな強く言われて大丈夫なのか?」
何故そんな事を聞いたのか、自分でも分からなかった。ただこの妙に緊張しきった自分の心をどうにかして紛らわせたさった。那波は1度意外そうに目を見開いたが、直ぐに伏し目がちに微笑んだ。
「ああ、あの時はすみませんでした。急にあんな騒ぎ起こして驚かせてしまいましたよね」
「驚きはしたが、別に虹原が悪いわけじゃないだろ。あれは風間が一方的にキレてただけで」
「あれも迅なりの愛情表現なんですよ。不器用ですけど。さっき仲直りしてきました。俺は馬鹿みたいに迅の事が好きだから、何言われても大丈夫です」
何言われても大丈夫。だが迅に罵倒されていたあの時、那波の表情は苦痛に歪んで見えた。どんな事があっても優しい那波はそれを受け入れてしまうのだろう。そんな那波がいじらしくなり、流星は眼下の那波の頭にそっと手を置いた。
「あいつは虹原のそんな深い愛情に応えてくれるのか?」
「・・・迅は月瀬さんの事が好きみたいですから。俺は別に迅の側に居れたらそれで良いんです」
手当を終えた筈の那波は、俯いたまま答えた。その姿が一瞬かつての咲耶と重なった。
『俺は影で日野沢有紀を支えれたらそれで良い』
流星が咲耶に有紀を好きなのかと問い詰めた時、咲耶が紡いだ言葉だ。あの瞬間流星は咲耶に失恋した。いや、諦めてしまった。咲耶が有紀を想うほど深く咲耶を愛していると、その時の流星には言えなかった。だから友達という地位に甘んじた。もしあの日、咲耶をきつく抱きしめていたら今の咲耶との関係は変わっていたのだろうか。そんな遅すぎる感傷が湧き上がる。流星は那波の頭に置いた手を頬に滑り下ろし、優しく顎を持ち上げた。
「じゃあお前のことは誰が愛するんだ?」
掠れる声で、しかしはっきりと那波に届く声で流星は言った。何も言わない那波の頬に音もなく透明な涙が伝う。潤む瞳からは自分も愛されたいのだと、ひしひしと那波の感情が伝わってきた。素直に愛おしいと思った。決してあの日の咲耶の代わりではない。不器用で一途で意地っ張りで。そんな今目の前にいる虹原那波という存在を、確かに愛してやりたいと思った。
「お前だって愛されていいんだぞ」
「・・・ありがとう。ずっと、誰かにそう言って欲しかった」
那波は頬を染め、美しく微笑んだ。流星の胸が強く音を立てる。抱き寄せたくなる衝動をぐっと堪え、那波の頬から手を離した。すっきりしたような顔で那波は立ち上がり窓際に寄ると、海に沈む夕日を見つめた。
「綺麗・・・」
淡い光に包み込まれた那波が、流星には眩しく見えた。こんな儚く清い存在を何故今まで誰も愛さなかったのか。流星には不思議でならなかった。引き寄せられるように那波の隣に立つと、那波は柔らかくはにかむ。これはもう抗えない。流星は直感的にそう感じた。惹かられずにはいられない。この感情の名前を流星はよく知っている。心臓の鼓動が始まりを告げるように高々と鳴り響いていた。
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