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黄金の王妃・7にしおりをはさみました!
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黄金の王妃・7
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散歩から帰っても、王様達はまだ議論を続けてた。
舟のこと、相談したかったんだけど、どうしよう? でもこんなこと、会議中に割り込んでって「どうしましょう?」って訊くようなものでもない気がする。
「あの、何か分かったら、報告を……」
ためらいがちに言うと、エール君がオレの前にひざまづいたまま、「はっ」と返事した。
不審な小舟について、近衛兵に調べて貰うこと。その報告を頼むこと。これって、オレの裁量で決めてもいいことだよね?
この辺りはお城に近いし、王家の領地だから、一般市民は立ち入り禁止らしい。自由に入れるのは、魚や鳥などの動物と、オレ達王家側の人間、そして湖の管理人くらいだって。
舟遊びに使った時の大量の舟は、この城の備品で、どれにもそうと分かる紋章が入ってるらしい。
城以外の舟となると、管理小屋の舟しか可能性がなくて。だったらいいんだけど、それでも、王妃の散歩するエリアに、不要な舟を放置してあるのは良くない、ってエール君は怒ってた。
「大体、管理小屋の物と決まった訳ではありません。密漁者が隠したのかも知れませんし、或いは、隣国からの亡命者が乗り捨てて置いたのかも。いや、もしかしたら、中に殺人鬼が潜んでいて、誰かが近付いたらガバッと舟を跳ね上げてグサッと……!」
「……考えすぎじゃね?」
イゼル君は冷静に呟いていたけど、エール君は大真面目だったみたい。
「考えられる可能性を全て潰さないと、私は安心できません!」
「お前はマジメ過ぎんだよ」
イゼル君は笑ってたけど、「近衛兵は、心配性なくらいで丁度いい」ってエール君は取り合わなかった。
オレは2人のやり取りを聞きながら、自分の無知と無関心に、こっそりとため息をついていた。
今まで気にも留めなかったけど……そうか、この辺りは立ち入り禁止区域なんだ。舟遊びの夜、岸辺にずらっと灯りが並んでたのを思い出す。
もう何度も散歩したし、釣りだってしたし、バルコニーから朝晩眺めてすらいたのに……誰もオレに、立ち入り禁止区域について教えてはくれなかった。
知ろうとしなければ、ずっと知らないままだったのかな? こういう小さな事柄を、今までどのくらい見過ごして来たんだろう?
これからはほんの些細なことにも、ちゃんと目を向けて気に留める癖をつけた方がいいのかな、って、オレはようやく気が付いた。
王様にやっと会えたのは、夕飯時のことだった。けれど、それも食事の間のほんのわずかで、ゆっくり話はできなかった。
「アイタージュ……」
王様はオレを膝に乗せ、強く抱き締めて、ため息をついた。
いつも自信に満ちて、堂々と顔を上げてる姿しか見たことなかったから、疲れて困ってる王様の様子に不安が広がる。
「後宮に乗り込んできた姫たちの身元が分かった。厄介なことに、他国の王女までいるらしい」
「他国の……」
それを聞いて、ドキッとした。
この国の貴族や有力者のお姫様だけなら、王様が「出て行け」って一言告げるだけでいいんだって。でも、よその国の王女様は、そう簡単にはいかないみたい。
黙り込んでると、王様が優しく頭を撫でてくれた。
「そんな顔をするな。オレには、お前だけだ」
力強い、優しい言葉。
果実酒をぐっとあおった王様が、そのままオレに顔を寄せる。
果実酒味の王様の口接けは、いつもより深くて情熱的で、酔いそうなくらい甘くて切なかった。
「先にベッドで待っていろ。残りはまた後で、会議が終わってからな」
こめかみに軽く唇を落として、王様はまた執務室に戻って行った。
会議はどのくらいで終わるんだろう? どういう話し合いをしてるんだろう? ……どういう結論が出るんだろう?
オレはお風呂に入って、またマッサージして貰って、寝る前に歴史の本を読んだ。
といっても、そんな難しい本はとても読めないから、ホントに簡単な内容のものだ。この城がいつできたかとか、国境はいつ決まったのかとか、戦争はずっとなかったのかとか……読んでくと結構面白い。
もうとうに使われてないんだけど、昔はお城から外に逃げ出すための、抜け道みたいなのもあったんだって。
そういうカラクリが必要のない時代で良かった。王様の治世は穏やかだし、戦争の影もやっぱり遠い。だから余計に、後宮のことで、よその国とトラブルになるのは避けたいよね。
オレが気にしなきゃいけないのは、自分の立場とか他のお妃様のこととか、そういうんじゃなくて。この平和を守ってくことなんじゃないのかな?
燭台の明かりの下でのんびりとページをめくりながら、オレはぼうっとそんなことを考えた。
ベッドサイドには、飲みかけの果実酒。
会議が終わってから続きを、っていう王様の言葉を信じて、王様をずっと待つつもりだった。
でも、いつの間にか寝ちゃってたみたいで――目を覚ましたら朝になってて。目の前には王様じゃなくて、オレを揺り起したキクエさんがいた。
そして、その場で聞かされたんだ。
王様が急きょ、宮殿に戻ることになったって。
見送りは正装でって言われて、大急ぎで顔を洗い、口をすすぎ、身支度を始めて貰った。
ホントは全速で走りたかったけど、そういう訳にもいかなくて、優雅に、でも精一杯の早足で、大広間に向かう。
王様は夜の間に旅支度を進めて、もう出発の準備をしてるらしい。
「どうしてそんな急に?」
思わず問いかけると、キクエさんは、「王妃様のおために決まってますわ」って。
オレのため? そうなのかな?
不安をごまかすようにギュッと両手を握り締め、大広間の前に立つ。近衛兵がオレに一礼して、扉を大きく開けてくれた。
王様は、王冠だけを着けない準正装で、側近や兵士たちの前に立っていた。
響きのよい声を張り上げて、色々指示してるみたい。苛立ってるのかな、整った横顔がいつもより厳しくて、声も少しピリピリしてる。
けど、オレに気付いてこっちを向いた王様は、「アイタージュ」とオレを優しく呼び、両手を広げて迎えてくれた。
その瞬間、どうしようもなく胸が震えた。
王妃らしくしなきゃって分かってたけど、我慢できずに駆け寄って、王様に飛びつく。
だってオレ、何も聞いてない。
どうして王様が、いきなり宮殿に帰ることになったのか。
どうしてオレが「見送り」なのか。
どうして……一緒に帰ろうって言って貰えないのか?
「そんな顔するな」
王様は、胸に飛びついたオレを、息が止まるくらい強く抱き締めてくれた。
「すぐ戻る。絶対だ。オレを信じろ」
信じろと言われて……王様の真っ黒な目を覗き込む。
初めて会った夜に、同じことを言われたと思い出す。
あの時オレは、王様を信じて踊ることしかできなかった。今は、王様を信じて待つことしかできない。信じないという選択肢は、ない。
「信じます」
オレがそう応えると、王様は優しい目をして「ああ」と言った。
「まさか新婚旅行中に、お前を放って戻るとは、さすがに大臣も予想していまい。今ならきっと油断している。それに、お前の後宮に、他の女を一日たりとも長居させたくない。居つく前に、全員、帰らせる。約束だ」
オレの目をまっすぐ見下ろし、誓うようにそう言って、王様はオレに口接けた。昨日の夜とは違う、唇が触れるだけの優しいキス。
「全員」って言葉を強調したのは、多分、例の王女様のことを指してるんだろう。
キクエさんの言う通り、オレのためだ。なら……「行かないで」なんてワガママも言えない。
「どのくらいお待ちすれば、いいですか?」
「すぐだ。10日……いや、1週間もかからないだろう」
王様の言葉に、「はい」とうなずく。
1週間はすぐじゃないとは、言えなかった。
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