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10月17日のside窪田くん盗み聞きをするにしおりをはさみました!
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10月17日のside窪田くん盗み聞きをする
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昨夜の接待は無事に終わった。
俺は自分の役目を果たせた安堵感と達成感で上機嫌だ。
おかげで夏川の様子なんてすっかり忘れていた。
今朝は橘が出張先の名古屋から送ってきたメールに返事をすると、アメリカザリガニの夏川1号2号3号の水槽を掃除するために会社へ向かった。
夏川も1号2号3号の世話はしているが、とても雑なのだ。俺がこっそり手伝わないと、1号2号3号が元気に暮らせない。
俺は会社の裏口から鍵を開けてエレベーターに乗り込み、経営企画部の部屋に入ろうとした。
しかし中から人の声がしたので、ドアノブに触れる前に手を止めた。
静かな廊下では、耳を澄ませば会話が聞き取れる。
部屋にいるのは春日さんと夏川だった。
「……ロボ田ばかりが、特別なんですか⁈」
「落ち着きなさい、夏川くん」
「だっておかしいでしょう。あんな無口な奴を接待に連れて行くだなんて!あんなのがなぜ役に立つと思うんですか⁈」
「それは、俺の見る目がないってこと?」
「そうじゃないです!ただ俺は…」
「ロボ田くんより自分の方が役に立つと思っているんだろう?バカバカしい。夏川くん、今の君は仕事の邪魔だ。なんでかわかるか?」
春日さんの声は冷たい。
なんとなくだが、春日さんは夏川には少し風当たりがキツい時がある。
今もそうだ。
「……」
このままここにいたらいけない気がする。
だけど緊迫した空気が無性に気になって、足が動かなかった。
「…春日さんの方こそ、気付いてますよね?俺、春日さんのためなら何だって出来ますよ。なのにどうして、決まってたはずの物流センターのチームから外したり、接待に同行させてくれないんですか。せめて、あなたの横で仕事できるなら…それだけでいいと思っているのに!」
夏川が叫んだ。
そして、小さな声で「すいません」と謝ったのが聞こえた。
「夏川くん、俺は仕事のために動いている。それ以上も以下もないんだ」
「…だから、俺は仕事の役に立つじゃないですか。俺が何のために頑張ってるかわかりますよね?」
聞いていて、夏川の必死さが俺にも伝わった。
けれど春日さんはそれを冷たく見放した。
「何を言ってるんだ?君の言うことは意味がわからない。それよりも、今日の出勤理由が仕事じゃないなら君は帰りなさい。本当に邪魔だ」
春日さんが言ったあと、ドンとぶつかる音と衣擦れの音がした。
もみあっているのだろうか?
「夏川くん!」
「とぼけるなんて酷いですよ!アンタが俺をこうさせてる事、ずっとわかっていたんだろ⁈」
「いい加減に…」
「好きなんですよ!アンタがね、好きだから!俺はアンタのためだけに仕事してる!」
「…………」
やっぱりそうだ。
一瞬、俺は自分の出した答えが正解だったことに満足した。
だけどすぐに、二人の関係がこれ以上にならないことに、なんともいえない気分になった。
「だから?」
春日さんは容赦なかった。
「だから何?公私混同も甚だしいよ。もちろん上司の為に働くのは素晴らしいことだ。ひいては会社の為になるからね。だけど君のは違う。…俺のため?違うだろう。君は自分のことしか考えていない」
「そんなこと…」
「恋愛は自由だと思うし、同性愛の人間を嫌ったりはしない。だけど俺はノーマルだし、君も知っている通り女性のパートナーがいる。…それ以前に、君のように自分の感情のためにしか仕事が出来ず、まして他人の足をひっぱるような人間を、俺が好きになるわけがない」
「…………っ」
「たとえ君が女だったとしても、絶対に惚れることはないね」
春日さんの容赦のない言葉に、ドアの向こうはしばらく沈黙していた。
結論は出たんだ。
そろそろ俺もどこかに隠れなければと思うのだが、春日さんが夏川を完全否定してしまったことが、俺には少なからずショックで。
なんだか、金縛りにあったみたいに動けなかった。
沈黙を破ったのは、やはり春日さんだった。
「以前の夏川くんは仕事にひたむきで、俺の教えたことをよく覚えてくれた。恋慕や嫉妬や…そんなのとは無関係で、頼もしい部下だった。俺は、そんな夏川くんに戻ってきて欲しい。今の君は使い物にならないよ」
春日さんはそう言うと、夏川の言葉は待たずに廊下に向かって歩いてきた。
「!」
「……」
しまったと思う時には、すでにドアが開いていた。
春日さんは目を見開いて俺を見下ろした。
俺は自分がどんな顔をしていたのかわからない。いや、無表情だったんだろうが、とにかくパニックに陥っていて、どれだけの時間を春日さんと見つめ合っていたのかもわからない。
やがて春日さんは苦笑いして、俺の両肩を掴むと俺を真横に移動させた。
俺はよろけて壁にもたれかかったが、春日さんは振り返ることなくエレベーターに乗り込み、どこかへ行ってしまった。
それから続けて夏川も部屋から出てきた。
やはり、ドアの横の壁にもたれかかる俺に、夏川も驚いていた。
「………………夏川…さん」
「…盗み聞きか。面白かったか?無様な様子が聞けて」
「……」
違う、と言いたいのに声が出なかった。
「なんなんだよその顔。何考えてんだ、気持ち悪りぃ。笑いたけりゃ笑えよ!」
「っ!」
夏川がいきなり俺の腹を蹴り上げた。
全く油断していた俺はモロにそれを食らった。条件反射で腹に力を入れて踏ん張れたが、それでもキツいひと蹴りだった。
「ぐ…」
地面に膝をつき、自然と身体が丸くなる。
不覚だ。
飲み込めない唾液が口の端から溢れる。
それをぬぐいながら、夏川を見上げた。
なんで俺が笑いたがっていると思うんだ?
「…ち、がう……」
俺は何度も首を横に振った。
夏川はしばらく俺を見下ろしていたが、壁をもうひと蹴りすると、舌打ちしながら去っていった。
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