アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
029 忘却にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
029 忘却
-
「水を飲んだら言葉が通じたのか……。流石、水神(リィーリ)の泉だな」
一通り僕の話を聞いたギルトは納得したように呟く。
せっかく話ができるようになったのだからと、そのまま食堂(実際は応接室らしい)で話をすることになった。
ハリルとジーナは席を外していて、この広い部屋には僕たちしかいない。
食事の時は他にも沢山人が居たから流石に緊張したけれど……今は随分とリラックスして話をすることができた。
彼らには沢山聞きたいことはあったけれど、ずっと「リィーリの泉」という言葉がひっかかっていた。
僕の名前も『泉』だけど、この国での「泉」の発音とは異なるようだった。
「この国には、水を飲む習慣がないんだよ」
そうサディに言われて驚く。
(水は生命の源なのに……)
「じゃぁ、普段何を飲んでるの?」
聞くと「血と酒」とギルトが即答した。
「果物から摂取する場合もあるけれどな。それでも血の方が一般的だ」
「そうなんだ……」
先程同じような話題をハリルともしていたのに、彼は何も教えてくれなかった。
(まぁ僕がずっと話してたからいけないんだろうけどさ)
「水は貴重なんだ。高価な酒や高級な食材……野菜とかは水からできているんだけどね」
そういえば……と、サディが僕を見る。
「イズミが食べれるものは、果物とか野菜とか……全部水から作るものばかりだね」
サディの目が、何故か凄く嬉しそうに細められる。
「そ、そうなの?」
僕にしてみれば、野菜が高級とは意外であった。
好き嫌いで高級なものしか食べられないというのは問題だろう。
(どうしよう……この世界ではお肉食べないといけないのかな……?)
もう何年と肉は口にしていなかった。
我儘だと言われるかもしれないけれど、血を飲むのは難しいことかもしれない。
「で、何でハリルとキスしたんだ?」
それは血の味同様、思い出したくない記憶だった。
揶揄うように言われて、「キスした」とギルトに教えたことを後悔した。
「知らない。ハリルに聞いて」
意地の悪い笑みをしているギルトに、プイッとそっぽを向いて解答を拒否する。
顔が赤くなっていないか心配だった。
でも……実際になんでキスされたのか、わからないのが本音だった。
あのリィーリの泉の水を飲むだけなら、口移しする必要などなかったのだから。
「それよりさ、リィーリって何?」
話を晒すと、「あー……水神(リィーリ)ね……」と、今度はギルトが言葉を濁した。
「俺よかサディのが詳しいから、サディ先生に聞いてよ」
ヒラヒラと手を振ってギルトは話を投げる。
キスの話題の時は凄く嬉しそうだったのに、今は凄く面倒臭そうだ。
そんなギルトを見て、隣のサディは困ったように笑う。
「簡単に言うと、リィーリは水神様のことで、……リースリンドの守り神なんだ」
「へぇ……。リースリンドはこの国のこと?」
「そう。水神様が現れると、国の命綱ともいえる《水神(リィーリ)の泉》が潤う。勿論、この国も潤う」
「ふ〜ん……」
(なんだかお伽話みたい……)
昔から伝説や占いなど、そういう類の話には興味はなかったのだが……でも、せっかく話すことができるようになったのだ。少しでもこの世界のことを知っておいた方がいいだろう。
「それで?」
「…………」
難しい顔をして固まってしまったサディ。
話はこれで終わりなのだろうか。
「おしまい?」
「……その水神様が、イズミだよ」
「…………え?」
――思わず、耳を疑ってしまう。
「嘘! 僕、そんなの知らないよ!?」
サディは凄く真剣な目で、冗談を言っているようではなかった。
そもそも、サディはそんな冗談を言うような人ではないだろう。
「えー! 何かの間違いだよきっと! だって……」
「謙遜するなよイズミ、西宮の牢にあんな大雨降らせ……」「ギル!!」
ギルトの言葉を、サディが遮る。
「牢……?」
――――「『**は****ない』」
(あれ? 何か……あった……?)
幾度となく、ぼんやりと思い浮かぶ記憶……。
「イズミ……」
「ねぇ、牢って何?」
ギルトを見ると、「いや……」と気まずそうに目を逸らされる。
「え……やだ! なんか怖い……」
思い出したい。
けれど思い出したくない。
何かが、胸につかえている。
「イズミ……何でもないよ」
サディにぎゅっと抱きしめられて、自分が異様に震えていることに気がついた。
「な、んで……?」
大きいサディに抱きしめられると、すっぽり腹に抱え込まれてしまう。
「大丈夫」
大丈夫ならこんな反応しないだろう。
「大丈夫だから」
「……うん」
それでも、抱き締められて落ち着いたのも事実で……。
サディがこうして子供を扱うようにする動作が、急に気恥ずかしく思えてしまう。
「ねぇ、サディ……」
「離して」と、そう告げようとした――その時だった。
応接間の扉が開いた。
サディの手が緩んで顔を上げると、ハリルが怒気を孕んだ表情でこちらを見ていた。
「何をしている」
(声低っ! 怖い!!)
どうして彼はこんなにも怒ってることが多いのだろうか。さっきよりもずっと険しい表情で、僕等を見ている。
「別に、何もしてない。戯(じゃ)れてただけ」
そう答えると、ハリルの不機嫌さが見るからに増した。
(うわー……何で怒ってるかわかんない)
サディも申し訳なさそうに頭を下げる。
「陛下、お話があります」
「話……だと?」
(えー、サディ……あんなイライラした人によく話しかけられるなぁ)
僕の側から離れるサディが心配になって、咄嗟に彼の服を掴む。
「イズミ……?」
「……ハリル、怒ってるの?」
サディが怒られてしまうのではないかと思うと心配だった。
「大丈夫。ハリルは基本怒ってることが多いんだから。気にするな」
そうギルトに言われて、仕方なくサディを見送ることにした。
「……わかった」
手を離すと、サディは凄く困った顔ををしてハリルの元へ歩いて行く。
(うー……サディ可哀想……)
「イズミ……もうちょっと気をつけような」
ギルトはそう言って、僕の頭をクシャクシャと撫でた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
30 / 212