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086 虚言にしおりをはさみました!
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086 虚言
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ゆっくりと、ハリルが近づいてくる。
彼の顔が見たくなくて、膝に顔を押し付ける。
――――徐々に近づいてくる足音を聞いて、身体が強く強張った。
「……泣いているのか?」
その質問には、フルフルと首を振って否定を示した。
近くまで来て触れてこない彼に、何の話をされるのかと思うと恐ろしかった。
(僕は水神じゃない……)
その不安がまた、全身を駆け巡る。
彼は昨晩僕に触れて――――僕を抱いてみて、僕が水神であることに疑問を持たなかったのだろうか。
(もしバレたら……)
――――全身から、血の気が失せた。
僕は、自分が水神であるという自身も、確証も、何もない。
だから身体の関係を持てば、そのことにハリルが気づくのは時間の問題だと思っていた。
僕が水神でなかったら、ハリルはどうするのだろうか。
僕がこの城にいられるのも、水神だと思われているからなのだ。
――――頭に触れるハリルの手の感触。
ギルトのように手荒ではなく、ゆっくりと、まるで大切な人を触るように……優しく、頭を撫でられた。
「……っ……ぇぅっ……」
嗚咽が、喉から溢れた。
こんな状況なのに、それが途轍もなく嬉しい。
(僕は……)
彼のこの優しさも、水神に向けられたものだとわかっていた。
胸がギュッと締め付けられ、息も出来ないほど苦しくなる。
(僕は、ハリルを……)
だから、この想いを自覚してすぐ、それが全て無意味なことなのだと悟る。
止めどなく、涙が溢れる。
自分自信を抱き締める手に力を込め、より一層膝に顔を押し付けて、その苦しみを耐え抜こうとした。
――――すると、溜息が…………僕の頭上から聞こえた。
僕の頭を撫でながら、ハリルが、溜息をついたのだ。
(子供だと……面倒だと思ったの……?)
『こんなことなら……もっと早く抱いてやったのに……』
「……っ!!」
昨夜の彼の……最後の言葉が再び思い起こされる。
(僕は……僕は、ハリルに必要とされていない……)
彼にとって必要なのは、水神なのだ。
(僕が水神でなければ……)
僕に価値など何も無い。
捨てられるのだ。見限られるのだ。
水神ですらない僕の存在価値など、彼にはないのだから。
(それでも……それでも僕は……)
あのリィーリの泉で、あの噴水の部屋で、彼とキスをしてから――――いや、それよりも前からからだ。
(僕はハリルのことが……)
初めて出会った時、あの金髪の髪と目――その全てに惹かれていた。
光のような、太陽の光のような王様。
「きらい……っ」
僕の髪を撫でる手が、止まった。
いつかは、僕が水神でないと彼も知るだろう。
どうせ彼に捨てられるのだ。
想いを告げることも、彼に好意を示すことも、どうせ無意味なのだ。
頭を上げ、真っ直ぐに彼を見つめる。
―――………本当に、綺麗な王様だった。
目を瞑り想い浮かべるよりも、実際に見る彼は言葉にできないほど崇高で美しい。
金髪で、金色の目で、キラキラとしていた。
何度見ても見惚れるほど、本当に綺麗。
『嫌い』と告げたのに、顔色一つ変えず、何の感情も示してくれない彼に、更に心を抉られるようだった。
そんな彼に、側に置いたグラスを取り、中身を思いっきりぶち撒けた。
綺麗なハリルの顔や胸に、水が飛び散った。
彼は怒るだろうか。
いい加減にしろと殴られるだろうか。
王に無礼を働いたとして処罰されるだろうか。
――それとも、また牢に入れられるのだろうか。
わざとこんなことをしたのだ。本来なら死刑になってもおかしくないだろう。
(だって、彼は王様だから……)
感覚が麻痺していた。
自分の身のほども知らずに、一体どれだけ彼に無礼を働いただろうか。
だからもう、死刑になっても仕方ないくらいの罪は重ねている。
僕が水神ではないと知ったら、ハリルはどれほど落胆するだろうか……。
ハリルだけではない。サディやギルトも、この国の人たちも皆んなを騙しているのだ。
(もうだめだ……これ以上は……)
「ハリルなんて……っ!」
面と向かって、彼の顔を見て、嘘なんて言えなかった。
グイッと布団で顔を隠す。
「きらい……」
改めて口に出して、その言葉の意味の重さをズシリと感じる。
「そうか………」
彼の顔を見ていないので、どんな表情で彼がそう言ったのかわからなかった。
(騙していて、本当にごめんなさい……)
重ね続ける罪に押しつぶされそうだった。
「大嫌い……」
掠れた声で、絞り出すように告げる。
(大好き……)
不毛な感情だ。
偽りを重ねた僕が、決して口にはできない想いだった。
(ハリル……大好き……)
伝えられない言葉が、喉を詰まらせ嗚咽となって溢れる。
胸が苦しくて、凄く苦しくて、そして切なくて。
本当に、おかしくなりそうだった。
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