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③
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初めて来る店だった。
落ち着いた内装の洋食店には、入った瞬間から美味しそうな匂いが漂ってくる。
その香りや、周りに運ばれてくる料理に、何とも食欲がそそられた。
(……お腹空いた)
さっきから、ほんとそればかりを考えてしまっている。
すると、店員さんが料理を持って、こちらに歩み寄って来た。オムライスとナポリタンを持って来ているあたり、この席にだろう。
「お待たせしました。こちら、オムライスとナポリタンになります」
店員さんはテーブルの上に料理の乗った皿と、フォークとスプーンが入った入れ物を置いた。
「…では、ごっゆくり」
店員がこの場を退くと、俺はオムライスを自分の方に寄せ、それに視線を落とす。
そしてハッとし、一ノ瀬くんの顔を見た。
「どうしましたか」
頭上にクエスチョンマークを浮かべる一ノ瀬くんに、俺はあくまで真面目に伝える。
「……あーんは、もうしませんからね……」
俺がそう言うと、一ノ瀬くんは苦笑した。
こっちは本気で言っているのに笑うとは、なんて失礼な。
「分かりました」
それは何だか、子供の我儘を受け入れる親のようで。
俺の方が年上なのに、と、今まで散々年下扱いをされていながら今更そんなことを思った。
俺は、一ノ瀬くんの視線から逃げるように目を逸らし、オムライスを口に運ぶ。
(美味しい……)
やっぱり、お店のオムライスは、家で作るものよりも特別感があって美味しい。
一ノ瀬くんに向けられる視線は無視して、俺は次の1口にスプーンを伸ばした。
「……佐伯さん」
その時、ふと一ノ瀬くんに名前を呼ばれ、俺は顔を上げる。これはもう、視線から逃れるとかお構いなしに、条件反射だ。
すると、一ノ瀬くんはテーブルに両手を付き、こちらに身を乗り出してくる。
「なにっ……」
俺が身体を逸らす前に、一ノ瀬くんの顔はもうすぐそこにあった。動けぬうちに、口の端に唇が触れる。
(な、舐めっ……?)
一ノ瀬くんの行為を理解して赤面する頃には、既に一ノ瀬くんは椅子に座り直していて。
その顔は、やっぱり涼しい。
「何するんですか……!」
「いや、口に付いていたので」
「そんなの、口で言えばいいじゃないですか!」
前とは違って、周りには人がいるのに。
隣のテーブルに座る人へ目を向けると、友達同士と思われる二人は談笑中だった。
しかし、だからと言って良かったと言う訳ではない。
「…こういうこと、あんまりしないでください……」
「どうしてですか」
(どうしてって……)
一ノ瀬くんは、なんでこんなことを平然としてできるのだろうか。俺ばかりが意識しているみたいで、何か嫌だ。
「だって、俺たちは別に、付き合ってる訳でも無いのに……こんなことするのは、変、ですよ……」
「好きだから、って理由じゃ駄目ですか」
それが、可怪しいと言うのに。
普通、キスとか、それ以上のこととかは、恋人同士がするものじゃないのだろうか。
好きだから。
それだけの理由でしてもいいことなの?
「それは……」
「じゃあ、付き合いますか」
俺が口籠る様子を見た瞬間、一ノ瀬くんはそう言った。俺は食べる手を止め、一ノ瀬くんを見詰める。
「え……?」
そんな腑抜けた声しか出ない。
好きだとは何回も言われてきたが、一ノ瀬くんの意思で付き合ってと言われたのは初めてだった。
「俺と佐伯さんが付き合えば、キスしたりするのも可怪しいことじゃないですよね」
(それはそうだけど……)
「…少し、考えさせてください……」
俺は、曖昧な答えしか返すことができなかった。
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