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⑤
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もう泣かれているところを見られたくなくて、俺は勢いのまま家を飛び出した。
あんなふうに泣いたら、同情を誘っているみたいで申し訳なかった。決して、そういう訳じゃ無いんだ。
(ごめんなさい……)
それ以外に、一ノ瀬くんに言うべき言葉が見つからなかった。
まさか、あんなことを言ってしまうなんて。
俺だって、思いもしなかった。
それなのに、一ノ瀬くんの言葉も聞かずに俺ばかりが言いたい放題勝手に言って。
俺は、いつからこんなに甘えるようになってしまったのだろう。一ノ瀬くんならどんな言葉も受け止めてくれると、どこかで一ノ瀬くんに酷く甘えていた。
一ノ瀬くんの言葉に、行動に、全てに甘え過ぎていたんだ。
一ノ瀬くん、今頃どう思ってるんだろう。
もう俺のことなんて嫌になったかな。
そう思われても仕方無い。
嫌われても仕方の無いことを、俺は言ったから。
それなのに、まだ一ノ瀬くんに好かれていたいと思っていた。触れて欲しくないなんてのも嘘だ。
俺はどこまで自分勝手で、どこまで一ノ瀬くんを傷付ければ気が済むのだろう。
俺だって、一ノ瀬くんを大切にしたいと思うのに。
だけど、そんなものは、俺が一ノ瀬くんのことを好きだと言ってしまえば解決することで。
でも、俺と一ノ瀬くんが付き合えば、俺は一ノ瀬くんを傷付けてばかりになってしまう。
それだけは嫌だった。
多分、これ以上一ノ瀬くんに過激に触れられたら、俺は一ノ瀬くんを拒絶してしまうかもしれない。
そうしたら、酷いことも言ってしまうかもしれない。
一ノ瀬くんの気持ちに応えられないかもしれない。
それに俺は、一ノ瀬くんを困らせてばっかりで、何もしてあげられていない。
(そんなの……)
そんな俺と付き合うくらいなら、突き放した方が一ノ瀬くんは幸せになれる。
俺といたって、一ノ瀬くんは幸せになれない。
一ノ瀬くんに嫌な思いをさせるなら、無理して一緒にいたくはない。
だから、どうしても一ノ瀬くんが好きだとは言えなかった。認めたくなかった。
だってそれに、男が男と付き合うなんて変だ。
一ノ瀬くんは俺のことが好きだって言ってくれるけど、男同士なんて、長続きする訳が無い。
周りの目だってあるし、一ノ瀬くんだって女性が好きになれば、俺とは別れなきゃいけない。
こんなに誰かのことを思うなんて、これが初めてだった。前に女性と付き合った時でさえ、無かったことで。
だから、一ノ瀬くんが好きだと認めてしまったら。
それで恋人同士になってしまったら。
別れる時のことを考えたら、とても堪えられそうになかった。
それで苦しい思いをするくらいなら、一緒にいたくないし、恋人になんてならなくてもいい。
「一ノ瀬くん……」
特に意味も無く、俺は呟いた。
行く宛なんてものも無くて、ただ沈んだ気持ちで歩き続ける。
もうどうしたらいいんだろう。
あんなこと言っておいて、今更一ノ瀬くんの家になんて帰り難い。
「……はい。……えぇ、分かりました……」
(世良さん……?)
すると、前方から世良さんの声がして、ふと顔を上げる。その先では、世良さんが電話で何かを話していた。
「…っ……」
珍しく真面目な口調で話す世良さんと目が合い、にこりと微笑みかけられる。
俺は世良さんから逃げることもできず、その場で足を止めた。
「…はい、それはそちらで検討していただいて……はい……そうですね」
そして世良さんは急ぐように電話を切り上げると、スマホをポケットに仕舞い、俺の方に歩み寄って来る。
恐らく、仕事関係の電話だったのだろう。
世良さんは、いつもの笑顔で声を掛けた。
「どうしたの?陽裕くん」
なんてタイミングだよ、そう思う。
こんな弱ってる時に会いたくなんかなかった。
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