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2.元晴との出会い-6
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やっとランプの光が消えた。
李登は立ちあがり、手術室の扉が開くのを待った。
心臓の音が早く鳴る。
(神様…)
李登は生まれて初めて心の中で神頼みをする。
そう願わないと吐きそうだ。
「あ……」
扉がゆっくりと開いた。
そして、扉の奥から汗をかきながら男が出て来て、李登の顔を見るなり驚いている。
「ずっと寝ないで待ってたのか?」
李登の顔を見るなり、男は李登が起きていたことに驚いていた。
李登はそんな事どうでもよくて、咄嗟に男に掴みかかった。
「仔犬は! 仔犬は無事ですか? ちゃんと生きてますか?」
李登は必死に男に聞く。
すると、男と目が重なり、男は李登に優しく笑った。
「大丈夫、成功したよ。足の方も治しておいたから、もう普通の犬と変わらないくらい元気に走り回れる」
男は李登の頭をガシガシと撫でて、嬉しそうにそう言った。
その表情を見て安心してしまう自分がいて、李登は少し戸惑った。
この気持ちはなんなのか、分からなかった。
「良かった……」
李登は、安心し過ぎて身体から力が抜けて床に座り込んだ。
「良かったよー…っ。死んだら…どうしようかと…思っ…た…」
そして、子供のように大きな声で泣く。
人の目なんて気にしている余裕は無い。
仔犬が助かった。
それを聞いて、李登はさっきまで悩んでいた事がなんだったのか忘れた。
もうどうだって良くなった。
「あの仔犬も頑張ったよ。危なかった時もあったんだけど…、あの小さな体で一生懸命耐えぬいたんだ…。麻酔が覚めたら褒めてあげないとな」
男はまだ手術室にいる仔犬に視線を送った。その優しい視線が李登の心を動かす。
「噂以上に…優しいんですね」
「誰が?」
「あなたが」
李登は泣きながら男の方を指さした。
男は首を傾げ、誰の事か分かっていない。
それもそうだ。自分で自分を優しいなんて思っている人間はいないだろう。
けれど、こんなにも周りから評価されていて自覚していない所が本当の良い人なのかもしれないと李登は思う。
「俺は、優しいって言うのは君みたいな捨て犬を見て見ぬ振りをしない人間を言うんじゃないかなって思うよ」
「俺…?」
「そう。君」
男は李登の頭に優しく手を置いて、そんな事を言った。
それを聞いて、李登は心から違うとはっきりと思う。
「俺が優しいわけない…。俺のせいであの仔犬があんなに大怪我したんだから…」
仔犬がこんな目にあったのは、怪しい男と思いながらも、託してしまったからだ。
「君のせい?」
男は側にある自販機でオレンジジュースを買って李登に渡し、自身はブラックの缶コーヒーを買っていた。
そして、さっきまで李登が座っていた場所に座った。
李登は男から少し距離をとってその隣に座り、貰ったオレンジジュースを空けて、小さくいただきますと言ってから飲んだ。
一口飲むと喉が潤う感じが分かって、自分が喉が渇いていたのだとこの時に気付き、李登は今日あった出来事を一始めから順に男に話し始めた。
男は黙って李登の話しを聞き、うんうんと頷いてくれていた。
「俺があの時…あんな男に仔犬を託さなかったらこうはならなかった…」
犯人は本当にあの男なのかは分からない。
けれど、あの男は第一印象から怪しかった。
それなのに、男が引き取ってくれると聞いて良い人だと信じてしまった自分が本当に腹が立つ。
「でもそれは君のせいじゃ無いッ」
男は真剣な顔でそう言ってくれた。
兄と同じような庇い方で。
「やめてください…。そんな事言ったって、俺があの時怪しい男に仔犬を渡してしまって大怪我をした事実には違い無いんです…」
あの時渡していなければ、早めに駆けつけていたら、こんな大怪我をせずに済んだのは間違いない。
だから、今はどんな言葉でも李登の心には響かない。
「でも、君はこうしてここ(動物病院)に連れてきた。声を枯らして、手を赤くして、それは飼い犬なら分かるが、捨て犬にそんなになれる人間はいないよ」
男は、優しくそう話す。
「…俺には飼い犬だからとか、捨て犬だからとか関係ないんです」
皆全てが平等。
愛しいのも可愛いのも動物全てが李登にはそうなのだ。
ポン太もあの仔犬も、李登には可愛いとしか思えない。
「君がああして叫んで扉を叩かなければ、俺は気付く事はできなかったよ。それはつまり、君があの仔の命の恩人なのと変わりはないんじゃないのかな? 俺にはそうしか思えないよ」
どうしてこの人はそんな優しい事ばかりを言ってくれるのだろうか。
「で…も……」
その言葉に嘘や気遣いなどが無いのが伝わるからか、李登の心に負った傷がどんどん小さくなって来る。
「先生は、何でまだここにいたの…?」
李登は疑問に思っていた事を話した。
診療時間は過ぎていたのにまだ男はいた。だから助かったと言っても良いと思う。
「ここには預かっている犬や猫がいるんだ。その仔達に餌をあげないといけなくてな。その仔達に餌をやって帰ろうと車に乗ろうとしてたら、君の声が聞こえたんだ」
「だから白衣とか着てなかったんだ」
「そう。しかも私服でグラサン。飼い主さんが見たら驚いちゃうな、こんなチャライ院長で」
チャライと言うか、オシャレと言った方が良いと李登思った。
だが、本人はそう思っていないらしい。
「別に…かっこいいと思いますけど」
李登は思った事を言った。
「そうかな? そうなら良いけど」
男は嬉しそうに笑い、その表情を見ると、まだ三十代前に見え、本当に若い院長なんだと思った。
「あ、俺はここの院長の天宮元晴(あまみやもとはる)。こう見えてまだ二十八歳。よろしく」
男は自身が元晴という名前だと言った。そして元晴は李登に名刺を渡して丁寧に自己紹介をし始める。
李登の勘は当たったようだ。
元晴は見た目よりも若く、兄と同じくらいの年齢だと聞いて、李登はその時代の人間は見た目は若く、精神年齢が高いのではないのかと思ってしまった。
「俺は哀原李登。ドグニャー専門学校一年です」
「へぇーあそこの専門学生なんだ。あそこ、優秀な人材多く出してるよね」
「そうなんですか?」
「俺の友人の動物看護士もそこ卒業出し、あそこの専門学校はいろんな学科あるけど、どの学科も評判良いよ。君は何の学科なの?」
元晴はにこやかに興味ありげに李登の学科先を聞いてきた。
「俺は、ペットトリマー学科です」
「ペットトリマー…」
李登がペットトリマー学科だと聞くと、さっきまでにこやかだった元晴の表情が一瞬止まった。
李登は何かまずい事を言ってしまったかと思い、口を閉ざす。
そんな李登を見て、はっとなった元晴は、すぐにさっきと変わらない表情を李登に向け、笑顔を向けてくる。
けれど、まだ少し動揺していた。
「そ…そうなんだ、トリマー志望なんだ。トリマーも良い人材が何人も出てるよね。全国のコンテストにもよく入賞してるし」
その話しを聞いて、李登は反応する。
「そうなんですよ! 俺が入れたのが奇跡みたいで…。だから、入ってから周りとの差が見えて来て、今は自信が低迷中です…。まぁ元から自信なんて無かったんですけどね」
李登は会ったばかりの元晴に、何故か今自分が抱いている事を話してしまった。
今まで他人にこんな弱い自分を見せる事ができなかった李登なのに、どうして初対面の元晴には、そんな話しをしてしまうのかが不思議に思い始める。
「でも動物が好きなんでしょ?」
「それはもう大好きです」
何十匹、何百匹の顔を覚える事ができる自信があるくらい、一匹一匹が大好きだ。
その気持ちだけは誰にも負けない。
「俺も動物大好き」
元晴はにっこりと笑って自分もだと言った。
その表情に、心がほっこりとなる。
「その気持ちが一番大切なんだよ。獣医もトリマーも動物関係の仕事をしている人達にはね。その気持ちが無くなったら終わりだ…」
「そうですね」
面接試験の時、面接をしてくれた女性からこう質問が出た。
『ここに入学をした人が、授業中の実技の時に動物に噛まれてそれがトラウマとなり、動物に対して恐怖心が生まれ、可愛がる事を忘れてしまい、辞めていく人間が多くいる。君もトリミングの実技中にそうなった時、君はどうする?』といった内容だった。
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