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加藤成康 28歳
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俺はもう28、来月には29だ。
無茶するには遅いし、無理する勇気もない。
勇気
年々、この言葉が自分のものではないなと感じる。
降りかかる火の粉は振り払うが、自ら火を消しには行かない。
やっと自分から水の入ったバケツを持ったものの、目の前にホースを持った人が飛び込んでいくのを見るとそのバケツをその場に置いてしまう。
つまり自分はそう言う人間なのだ。
「加藤。」
振り返るとスーツの上着を肩にかけた黒田が左手を上げていた。
「あぁ、黒田さん。」
(今は会いたくない相手だな…)
成康は顔の半分が暗くなりそうになった。
「今から帰りか?」
「あっ、はい。」
「今日は早いんだな。」
「月末前の何とやらですよ。来週からは定時は無理でしょうから。」
そう言いながら成康の足先は外へと向かっている。
「少年のとこ行くの?」
「えっ??」
成康はギクリとした。
「あの童顔少年の事だよ。」
黒田が上着を羽織りながら、成康の肩を小突いた。
「あぁ…雄大君の事ですね。」
「わかってたくせに、白々しいぞ!」
成康ははははっ…と渇いた笑いをしながら、加藤から顔を背けていた。
「よし、俺も行こう!」
その言葉に成康の笑い顔が取れ、パッと黒田を見た。
「えっ?」
「俺も久々に少年を揶揄いたいし。」
成康はあたふたと黒田の前に立った。
「いや、あの…黒田さん仕事は?」
「明日する。」
「…いや、あの……今日は私、モールに行く予定は無いんですよ。だから…」
「そんな訳無いだろう、このスケベ野郎。お前、少年がいてもいなくてもどんだけ遅くなろうが、モールが開いていれば必ず寄って帰ってるって知ってんだぞ。」
黒田はかっははははと笑いながら、成康を押しのけて、先を歩いて行った。
「………」
成康は重たい気持ちを引きずって、歩き出した。
「黒田さん、シートベルトして下さいね。」
「はいよ。」
ガチャリと隣で音がした。
「モールまででいいから。今日昼間に前の奥さんが来て、車貸してくれって。今の彼氏が午前中、自分のを持って行ったからって。」
「へぇー。奥さん、うちの会社から近い所にいるんですか?」
「うん。すぐ近くのマンション。」
「だから、俺の車を狙ったんですね。」
成康はエンジンをかけ、ハンドルを握った。
「いいだろう?どうせ行くんだし。」
夜に近いこの時間は家路を急ぐ車でどの線もびっしり車が、並んでいる。
成康はハンドルをぎゅっと握りしめた。
「…今日は行かないつもりでしたから…」
夏を過ぎたこの季節は18時でも薄っすらと暗くなってきた。
「何で??お前いつも行ってただろう?」
成康は横からの視線を感じながらも真っ直ぐ前を見つめた。
「今日は…ちょっと…」
「ふーーん。」
バサッと黒田の動く音がしてからしばらく車内はシーンとしていた。
右のウインカーを上げるとカチカチカチと言う音だけが車内に広がった。
「お前さ、少年の事好きなんだよな?」
急にそう言われ、成康はつい黒田を見た。
黒田はいつもの何の裏の無い顔でこちらを見ていた。
「……はい。。」
成康はすぐに前に顔を向けた。
「いやさ、お前って結構受け身で、自分から行くタイプじゃないじゃん?」
「…何を言い出すんですか?」
「いや、会社でもお前モテるけど、誘われればきっちりエスコートするけど、自分から行動するタイプじゃないじゃん?仕事だって、ガツガツしてるタイプじゃ無いし。」
「…すみませんね。。。」
「いや、いや、仕事はちゃんと取ってくるから…ってかお前はガツガツしなくてもくるじゃん!」
成康は前の黄色い車についていくように右に曲がった。
「だからお前があの少年に自分から好きだって言ったのが、珍しいなって。」
「珍しい?」
「珍しい?….違うな。」
うーんと黒田が唸った。
「あっ、そうだ!お前も結構、情熱的なんだなって。」
太陽が落ちていくのが見える。
「でも俺は…」
あの交差点を曲がれば、あのモールが見えてくる。
「…情熱も相手の気持ちがほんの少しでも傾けば……」
「加藤?」
目の前の信号が赤に変わった。
「…俺は逃げを選ぶ臆病モノです…」
「えっ?なんて?」
成康はぎゅっとブレーキを踏みしめた。
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