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1章-p3 ふたりの家
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────俺があの家に転がり込んだのはガキの頃。
あの日俺は、俺の大切な人を殺した男を殺した。復讐を果たし頭の中が真っ白になった俺を助けてくれたのがあの家のじいさんだった。
じいさんには息子がいた、俺より歳上。俺がいくら無愛想でも、部屋に引きこもっても、飯を食わなくても、毎日のように構ってくれた。いつもうっとおしいと追い払っても笑顔で話しかけてきてくれた。本当は嬉しかった。
ただ、アレを除いては────
気が付くと頭の奥に痛みを感じた。そうだ昨日は酒を飲んだんだった。ザムシルの話を聞くのが面白くて、今までにないくらい飲んだように思える。仕事が頭をよぎったが、そうだ次の日は非番だから大丈夫と思って飲んだんだ。なら、この頭痛があってもかまわないか…
とダードは一通り思考を巡らせたが、一つだけ分からない事があった。目覚めて目に入ってきた見た天井、ベット、部屋を軽くみまわしたが、見覚えがなかった。
新しい木目の映える天井、木の香りが鼻の奥をくすぐる。木造の建物のようだが、作りがしっかりしており窓が広く暖かい風が心地よく通っていった。日が登っているがそこまで日差しがつよくないところをみると午前中かと思った。よく耳をすますと微かに男と女の話し声が聞こえる。
ベットのすぐ横の机にはたくさんの本が積み上がっており、机の上散らばる大量の紙には難しい計算式や文字がびっしり書いてあった。
コツン、と足音を耳端でとらえる。
「お前には分からんだろう。オレの研究テーマは偉大で壮大だからな。」
部屋の奥から歩いてきたのはザムシルだった。
ああそうか、ここはザムシルとリラレルの家か、ダードはそう悟った。
「頭が、痛い。」
「はぁ...そんな事だろうと思った。覚えてるか昨日の晩、お前は頭が痛くなってきたといってカウンターにうずくまってから爆睡だぞ。お前の住処も知らんし、道に捨て置いてやっても良かったがまあ仕方ないからここまで背負ってやったわけだ。」
そういいながらザムシルは持ってきたティーポットにお湯を注いだ。
「そうか、悪かったな。全くおぼてない。」
「阿呆か貴様は!自分の体調管理くらいきっちりしろ、ガキじゃあるまい!そもそも日頃お前何食ってるんだ、痩せすぎじゃないのか!」
「やめてくれ、頭に響く…」
「知るか!自業自得だろう。ほら、これでも飲め、
頭痛に効くハーブティーだ。」
ザムシルはポットから紅茶を注ぐと渡してくれた。程よい温度のお茶はすっきりするいい香りで、すぐに飲める温度になっていた。
「いいかダード、それを飲んで少し良くなったら必ずリラレル様にご挨拶と家に入れてもらった感謝を全力で行え!いいな!必ずだぞ!もちろん頭を地面にくい込ませる勢いでいってかまわない!」
「俺を連れてきてリラレル怒られたか?」
ザムシルはふぅと呆れたように息を吐く。
「昨日も言ったが、リラレル様はお前が思っている程わがままでも口煩くもない。第一お前が居ようと居まいと、小バエが部屋にいるかいないかくらいの差だ。」
小バエが部屋にいるとなかなか鬱陶しいような気もするが、とにかくリラレルが怒ったりしている訳では無い事は分かった。
ザムシルは一通り部屋の説明と帰る方向を伝えると用事があると言って出かけてしまった。部屋に取り残されたダードはお茶を飲み終えると、再び横になって目を閉じた。
しばらくして再び目を開けると、さっきまでの頭痛がウソのように消えていた。先程の紅茶に変な薬でも入っていたかと少し思ったが、他に体調が悪い訳では無いので気にしないことにした。
ベットから起き、椅子にかけてあった上着を見つけて羽織る。そのうち礼に何かしてやらなくちゃなと思った。
左側の戸は外に繋がっていて、右側の戸は居間に繋がっているとザムシルが言っていた。そっと右側の戸を開けぐるりと見渡すと奥のテーブルにリラレルが座って本を読んでいた。
しかし、ドアを開ける音でこちらに気がついたのか、にっこりと笑いかけてきた。
「あら、起きたの?頭痛はよくなったかしら。」
ダードは、久しぶりに彼女との再会を果たした。
以前、それは邪神討伐時の事。ダードは、このリラレルとザムシルそしてその仲間達に命を狙われていた時があった。彼女らの力は強大で到底打ち負かせる相手ではなかったが、邪神に対する情勢の変化により最終的には協力関係に近い立ち位置となったのだ。
そんな元敵の親玉とも言える女との久しぶり再会にも関わらず、彼女は以前とはがらりと変わりお淑やかで柔らかい雰囲気を漂わせていた。
「ああ、すっかり良くなった。部屋を貸してもらってすまなかった。」ダードは軽く頭を低くした。
「いいのよ、それにお客さんは多い方が私は嬉しいわ。そうだ、さっきクッキーを焼いたの食べて行かない?」
そう言えば甘く香ばしい香りが漂っていた。
リラレルがあまりにも嬉しそうに期待した表情で言うもんだから、ダードも反射的に「ああ」と答えてしまった。
「どう?美味しいかしら?率直な感想でいいの、私もお菓子は練習中だから不味かったらどう不味いのかを聞きたいのよ。」
リラレルは興味深々な様子でニコニコしながら聞いてきた。
クッキーは普通に美味かった。しっとりというよりはサクサクしていて、甘みも程よくバターの風味がしっかりする、お茶のお供に良さそうだ。強いて言うなら少し塩が強いかなとダードは思った。
率直な感想を告げると、リラレルは「やっぱり味が偏っちゃうのよね。ザムシルは上手に私より作るのよ。」と少し困った顔をしていた。
リラレルは、以前サールで出会った時とはまるで人が違う人物のようだった。サールでは常に張り詰めた妖気を漂わせ、人の命をなんとも思わないような冷酷な喋り方をする女だったのだが、今目の前にしてみると上品な優しい女性に見えた。
「もう俺を敵とは思わないのか?」
やや塩気の強いクッキーのお供に紅茶を入れる準備を始めたリラレルに聞いてみた。
「思わないわ。だってあの時は邪神を復活させないために貴方を殺す必要があったけど、邪神が滅びた今はその必要はないもの。」
「今は何か敵対するものはいないのか」
「いないわ。サールで唯一私より力を持っていた邪 神がいないんだもの。何も恐れる必要も無ければ争う必要もないの、今はただこの森でゆったりとした新しい人生を送ろうと思っているのよ。」
リラレルは歌うように理想の生活を話してくれた。
なるほど、確かに3大妖魔の1人であるリラレルにかなう奴はそうそう出てこないだろう。とダードは思った。
「はいどうぞ」
リラレルが紅茶を入れてくれた。うすいレモンが浮かんでいる澄んだ色の紅茶だ。1口すすると爽やかな酸味と茶葉の香りが広がった。
「紅茶はリラレルの方が上手いな。」
「うふふ、それは嬉しいわ。でもあの子がさっき入れたのは薬みたいなものだから勝負にはならないかもしれないわね。」
リラレルが笑って、大きい窓からそよ風が通り抜けて暖かい風が肩を抜けた。
なんだか心地よくてこのままここにいたら嫌なことなんて考えずに居られそうな気がした。
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