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普段の俺と兄とは2
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「ところでよー。予約なしにいきなり行って大丈夫なのかー?」
これから俺は生まれ変わるんだ!と密かに意気込んだ途端の指摘である。
「ん……?」
ピタッ。
音がするならきっとこんな感じだろう。
俺は紅葉の言葉に固まる。
髪を染めれることの嬉しさですっかり忘れていたが、美容室は予約しないと入れないのではなかったか。しかも今日は日曜日。とても混む曜日だ。今から電話したところで引き受けてくれるところなど、きっとないだろう。
なんということだ。
俺の幸せ平凡ライフよ、さらば…。
「あー、でも晴月(ハヅキ)のとこなら大丈夫かー。いつでも来ていいって言ってたぜー?だよなー?」
この世の終わりだ、という風に地べたに四つん這いになっている俺に構わず、呑気に歩いていた紅葉が立ち止まり、ふと呟いた。
「それがあったか!!」
ガバッ!
俺はそれまで出してたどんよりとした暗い空気を払いのけ起き上がった。
晴月(ハヅキ)とは、俺と紅葉の兄である。学生である俺たちとは違って既に美容師として働く立派な社会人(24歳)だ。晴月とは8コ歳が離れているため、小学校でさえかぶって入ったことがなく、いつも何かとじゃれ付いてくる紅葉とは違って、しっかり頼れる兄という感じだ。
見た目はワイルドで男前な紅葉とはまた違ったタイプのイケメンで、日本人の父と外国人の母のいいとこ取りをした、まさに完全体と言える容姿をしている。髪は俺より更に銀に見える金髪、というより、もうほとんど銀髪といってもいいような色をしていて、腰につく位に長い。そこらへんのヤツがしていたら可笑しな長さの髪でも、紅葉ほどないまでも、180㎝代のスラッとした長身と涼しげな瞳をした中性的な顔にはよくにあっている。
と、いうより全く違和感を感じないのだから不思議だ。
しかしだ。確かに頭もよく何をやらせてもパーフェクトな晴月なのだが、やはりこの兄にも個性があった。
…欠点と言わないのは俺の身の安全のためだ。
「って…!ツキ兄のところに行くだってぇ!?コウ兄何言ってんだよ!確かに『いつでも俺のところに来ていい』とは言ってたけど、それだけじゃないだろう?!『可愛い弟の為だ、染めるか切りたくなったらいつでも俺のところへ来い。が、そしたらお前は俺の僕(シモベ)になってもらうからな。なに、そんな奴隷のように朝から晩までこき使うわけじゃないさ。ただ俺のお願いを聞いてもらうだけだ。ちなみに期限はない。ほら、平凡なお前の脳みそでも覚えられる内容だろう?無期限で俺の命令に従うこと。凄いわかりやすいだろう?じゃ、お前が来店してくれるのを楽しみに待っている』って、おっそろしい条件が付いてたことをなんで忘れるんだよ!!」
誰もが見惚れる位の、まるで異国の王子様のような微笑みを浮かべ、しかしその目元は明らかに人をいたぶるそれであったのを俺は決して忘れはしない。
とにかくこの兄は性格がよろしくない。いや、頼れる兄として良いところも沢山あるのだがそれを覆い隠してしまうほど意地が悪い。しかもその意地悪は何故か主に俺にしか発揮されない。だから周りは俺がどんなに訴えても、否定されるばかりだ。
この間もおやつのプリンを横取りしたくせに、猫をかぶって知らぬ存ぜぬを押し通して結局俺が母さんに怒られる羽目になった。
俺が叱られてる間に、俺のことを見ながらにやけていたあの顔は、今思い出しても怒りがふつふつと湧いてくる。
拳を握りしめて悔しさに耐えている俺を特に気にもとめず、紅葉が口を開く。
「だからー、晴月の頼みごとを聞けばいいんだろー?簡単じゃんかー。それに晴月は優しいから料金安くしてくれるんじゃねーのー?」
「くっそぉ…これだからあの『猫被り王子様、その正体は最強悪魔』なツキ兄に騙されてるやつは!…俺もそっちの騙される側でありたかった……!」
「何ブツブツ言ってんだー?さっさっと晴月のとこ行こうぜー。早くしねぇとガリガ◯くんなくなっちまうだろー?」
俺よりもあんな水色のブロック体が大事とは。見損なったぞ紅葉。お前は早く食いたいだけだろ。
晴月の美容室に行くことを愚図ってる俺の首根っこをひっつかんで、ズルズルとひっぱり出す紅葉。
なんという腕力だ。
首が絞まって視界が霞んで来た俺は早々にギブアップし、大人しく晴月のいる美容室へ行くことになった。
* * *
60円ちょっとするアイスに負けた(?)俺は、美容室の入り口の前に立っている。いざ入るとなると、やはり其れなりに勇気が必要なわけで。
この扉の向こうに猫被り悪魔(短縮)がにっこり微笑んでいるかと思うと、扉を開けようとした手を引っ込めてしまう。
「コウ兄はもういないし…やっぱり今回は帰って、来週ちゃんとした別のとこに行けば……」
なんて打開策を必死に考える俺。
だから、目の前の入り口が開いたことになんてこれっぽっちも気がつかなかったのだ。
「ほう、ちゃんとしたところへ?」
「そうそう。あんな猫被り悪魔の下僕になるなんて、それならまだ染めない方がマ……シ……い?」
質問に答えるのは人として当然だ。
なんて、そんなどうでもいいことを考えてる場合ではない。
出来れば聞き覚えがあって欲しくなかった声がする方へ恐る恐る首を向ける。壊れた人形の関節の音のように、ギギギと、効果音がしそうなほどのぎこちなさで。
「いらっしゃい太陽。猫も悪魔も裸足で駆け寄ってくるほど麗しいお兄様がどうかしたか?」
「あ……いえ…。そのぉ…ちょっとですね…道にですね…迷ったようでですね…。失礼しましたぁぁぁ!!」
予想はもちろん的中だ。
そこには涼しげに笑みを浮かべた晴月が立っていた。
その姿を捉えた瞬間、俺は逃げ出そうと回れ右をし全速力で駆け出そうとした。
「まぁ、待ちたまえ少年。その金髪を染めに来たんだろう?」
が、俺の行動を予測していたらしい晴月に軽やかに首根っこを掴まれたせいで、駆け出そうとした足は空回るだけで一歩も進むことはなかった。
一体その細めの腕のどこにそんな力があるんだ。
明らかにハサミを握ってるだけのヤツの力ではない。
「何故それをっ…!」
「母さんから連絡があった。こっちに来るだろうからよろしくと、な」
「何てことを…。母さんっ…!…いや、俺…とってもとっても大事な用事が…。」
「じゃあ、行こうか?入り口にいたんじゃ他の客の邪魔だ。よかったなぁ、これで大好きなお兄様の頼みごとをバンバンきけるぞ?」
それは悪魔の微笑みだった。これ以上の口答えを許さない微笑みだ。
こうして俺は泣く泣く晴月の後に続いて店に入っていった。
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