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鏡の中の向こうとは
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* * *
意識を失ったまま、太陽は何処までも続いているような、青く澄み渡った水中を漂っていた。
フワリ。フワリ。と、緩やかに。先に見える一点の光の方へ。
落ち着いて眠っている様子から、何故か息が出来ているようだ。あるいはまた別の理由からか。とても不思議な光景だ。
そのまま流れに乗って、太陽は光の中へと吸い込まれていくのだった。
* * *
バタンッ!!
突然身体に響いてきた、なんとも言えない衝撃と次いで来る鈍い痛み。
「うわっ!!っ…!いってぇっ……!」
暫く横になった状態で唸ってから、グラグラとする視界の中で、太陽は痛む後頭部をさすりながらゆっくり上体を起こした。
状況がよく分からないが、背中や膝にも鈍い痛みがあり、どうやら今座っている床に投げ出される形で転がったのではないかと、考える。
「あー、だいぶ痛いけど足も腕も動くし、骨は折れてないな。はぁ…。よかった。水に浮かべても泳げないからなぁ…。助かった……て。え?」
そうだ。ついさっきまで俺は不本意ながら水の中にいたはずだ。それが何故こんな、ちゃんと足のつける木製の床に。
そこまで考えてふと気づく。
「は…?ここ……何処だよぉぉぉ……!」
キョロキョロと周りを見てみると、ここはどうやら誰かの部屋なのか、其れ程広くはない空間だ。ベッドが2つにその間のスペースに丸いテーブルと椅子が一つずつ置いてある。とても簡易な部屋という印象だ。
だが、大きめの両開きの窓から入ってくる日の光のおかげか、殺風景な部屋に温かみが感じられる。
「にしても。今時珍しい部屋だなぁ。床も壁も天井も木材剥き出しの作りだし。てか、なんか結構傷んでる?シミとか傷もあるし…。あれ?電気が付いてない。もしかしてちょうど電気屋さんに行って留守とか?」
立ち上がってペタペタと壁を触ったり観察してみる。
正直に言って仕舞えば、とてもお粗末な部屋だ。ここの部屋主は相当な貧乏なのだろうか。
「うーん。でも勝手に入ってちゃまずいよな…?いや入りたくて入ったわけではないんだけどさ。」
さて、これからどうしようかと両腕を組んで考える。
迷子の場合はできる限りその場から離れるべらかず。という母さんから教えてもらった教訓があるが、それも臨機応変の対応が必要なわけで。
「ん?なんだあれ?」
眉間にしわを寄せて、いかにも考えてますよアピールをしたところで、いいアイディアも出てこない。
じっと床板を睨んでいると、少し先のところに、キラリと日の光を反射してる物があった。
興味津々に拾い上げてみる、と。
「鏡…の、破片?」
破片といっても周りの部分の手触りは滑らかで、ただ単に四角でも丸でもなく台形とでも言うのだろうか、そんな形をしている。大きさも手のひらサイズ程とコンパクトだ。
その小さい鏡の中に映る姿はといえば。
「やっぱりこの髪色明るいって。やってくれたなツキ兄…。」
少しの期待を込めて覗いたものの、やはり高校生にしては明るめの茶髪だった。
はぁ。と、諦めのため息を一つ付いて、その鏡をテーブルに置く。
そして、外の様子はどのようなものかと窓辺へいく。
そっと両開きの窓を押して、開いてみる。
「へ…?」
俺は窓の外の光景をみて固まった。
どうやらこの部屋が面しているのは建物の裏側のようで、下を向けばすぐ地面と言うわけではなく少し高さがあった。たぶん2階だろう。
そして下の裏道の横には川が一本通っている。川幅は二車線道路程で、底が見えることから、そう深くもないのだろう。
その川を挟んで向かいにある家々も、こちらに向かって裏側を向けて建てられている。そのためか人が一人もいない。
しかし、俺が動きを止めたのはそんなちんけな理由ではない。
「日本じゃ、ない…?」
川を挟んだ向こうに見える家の作りは、どう考えても日本のものではない。
白い壁に太い木の板がクロスする様にはめ込まれているものや、レンガや木で出来ているもの。屋根には煙突が付いていたりと、どう見ても中世ヨーロッパの街並みの様に見える。
出来る限り窓から身を乗り出し左右を確認しても、似たような洋風の家が立ち並んでいる。
「外国ぅ?鏡の中が外国と繋がってるとか、ツキ兄の店どうなってんだよ…。俺…英語話せないんだぞぉ…!」
今いる場所を完璧に外国だと思い込んだ俺は、へなへな、と、窓枠へ寄りかかる。
が、あまりのショックで思ったよりも体重をかけてしまったのか、寄りかかる筈がスルッと窓枠を滑って外へ傾いてしまった。
「うおっ!?!」
ヤバイッ!!
と、思った時には既に遅く、俺の身体は空中へ投げ出されていた。
2階から地面へなどあっという間だ。
迫り来る地面と、打ち付けられる恐怖に俺はぎゅっと目を瞑る。
ドサッ!!
「っ……!!」
やはり衝撃はあった。
しかし。
「あれ……?痛く…ない…?」
硬い地面に落下した割には痛みがほとんどない。
不思議に思い恐る恐る目を開けてみると、何故か自分の乗っている地面が黒い。いや、黒い布地だ。しかも肌触りがよく上質な布だ。
「う゛っ……。」
しげしげと布を見ていると、突然呻き声がした。
驚いてハッと視線を、声のする頭上に持っていく。
すると、そこには苦痛に苦められた表情をした顔がひとつ。しかし、苦痛に歪んでいても美形と分かるほど整った顔立ちをしていた。
更に、白く陶器の様に滑らかな肌に、胸元まである長いストレートの黒髪をしており、晴月とはまた違った意味で美しい。
男らしく美しいとでも言うのだろうか。
人間離れし過ぎていて、俺の数少ないボキャブラリーでは表現することが出来ないのだ。
思わずボーっと、見入っていると、痛みを堪えていたらしい男が、瞑っていた目をゆっくりと開いた。その瞳もまた、吸い込まれそうな黒。
そして俺の姿を捉えると、
「貴様……。いつまで私の上に跨っているつもりだ…。ただの下位天使の分際で、この私に体当たりなどいい度胸だな。」
その美しい顔によく合った、よく通る低い声で、そう仰った。
しかも、その声色には物凄い殺気が含まれており、射殺さんばかりの瞳で睨みつけてくるのだ。
まさに蛇に睨まれたカエル状態になってしまった俺は、言葉もなく男の上から素早くどくと、落下するのとはまた違う恐怖と、威圧感にピシッと直立した。
「ふん。碌に頭の詰まってなさそうな顔の割には、なかなか素早い動きだな。まぁ、そうでなければこの私が、貴様のような下位天使ごときに、みすみすやられたりはしない。そこだけは褒めてやろう。」
今、物凄くバカにされたような気がしたのだが。
男はこれ以上ないほど見下した声色で、ブツブツそう言いながら立ち上がる。
やはり予想していたように、身長もかなり高い。黒いマント状のゆったりとした服装でもスラッと見えるのだから、かなりの長身だ。もしかしたら紅葉よりも高いのではないだろうか。
そして、思うに。顔がいい奴というのはそれに比例して性格が捻じ曲がるのだろうか。紅葉のようにある意味いい方にも、晴月のように悪どい方にも。
取り敢えず、晴月と似たような性格だと仮定するならば、ここは速やかに謝罪したほうが良さそうだ。こういうプライドが高そうなやつに対しては下手に出るに限る。
俺は体を90度に折り曲げて一礼した後に、しっかり声を出して謝罪と礼を言う。
「先程は上に乗っかったりして、すみませんでしたぁぁぁ!…いやー、でもお陰で怪我もなく助かりました。本当にありがとうございます!しかもツキ兄とは違って回し蹴りとかも飛んでこないし…。そう考えると、とっても幸運でした。」
そうなのだ。晴月ならこういう場合、ニッコリ笑って軽やかに回し蹴りを決めてくる。
それを考えると、今俺を助けてくれたこの美形な男の方が、例え人1人を殺せそうな殺気を飛ばしていたとしても、幾らか人間性に優れてるように見えてこないでもない。
「ほう。私の姿を見ても全く動じず、か。面白い。貴様、ただの下位天使ではないな。一体何者だ?」
やはり俺の謝罪スキルは間違いではなかった。
俺の最善を尽くした謝罪の言葉を全く聞いてない様に見えるが、男は先程とは違って物珍しそうな顔をして、俺を見てくる。そして鋭い殺気も消えていた。
しかし、先程から言われている「下位天使」という、男には似つかわしくないメルヘンな言葉は何だろうか。もしや、性格が捻じ曲がる方向が悪く、イタイ人に成ってしまったのだろうか。
「…。」
「あくまで黙秘を貫くか。そうまでして隠しておきたい事とは。興味深い。」
言えない。
貴方はイタイ人なんですか。なんて、可哀想なことを。
助けてもらった恩を仇で返すようなそんなことを、出来るわけがないではないか。
「仕方あるまい。貴様が口を開かぬのが悪い。力づくでもその秘密、吐かせてやろう。」
俺がいかに相手の心を傷つけないで、オブラートに声をかけるか悩んでいる間に、男は何か結論を出したようだ。
男はスッと右手を前に出して手のひらを上に向けた。すると、手のひらから数㎝上のところに淡く光が発生し、たちまち30㎝ほどの炎が出現した。
色は赤ではない。高温を知らせる青だ。
「っ…!」
咄嗟の判断だった。
俺は超常現象に驚くより早く、その男の手を取ると川の中へ引きずり込んだ。
「なっ!?貴様っなにをっ……!」
男が俺の動きに声を上げ、狼狽えていることなど気にもせず、俺はその火を男の手ごと川の水中へつっこむ。
すると、かなりの高温のせいか、炎を入れた瞬間、ボンッ!!という破裂音と共に水が弾け飛び水蒸気が上がった。
同時に火も掻き消えていた。
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