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告白:出勤日
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恋人である羽田平助は、ゲイではなく、バイセクシャルだ。つまり、男も女も好きになることが出来る。ついでに平助は、男とも女ともセックスが出来る。それを隠しもしていない。
べつに、バイセクシャルに対して偏見があるわけでもなければ、否定をするつもりは毛頭無い。
しかし、横山真一は常々思っていた。
男の自分より、女といた方が、平助は幸せになれるんじゃないかと。
[真人間になる方法]
この年齢にもなれば、世の中の家庭が、自分の両親や家族みたいなものばかりではないことぐらい知っている。
近い所でいうとするなら、父の姉である叔母さんは、2人の子どもを連れて離婚した。旦那のDVが原因だったらしい。
両親の不仲に板挟みになっていた友人もいた。その両親は結局離婚し、母親が出ていってから暫くすると、その友人は見た目が変わり、家にも帰りたがらなくなった。
「知らない女が勝手に家にあがってんだよ。俺が家に帰ると、おかえり、なんて自分家みたいな顔して言ってきやがってさ。気持ち悪ぃんだよ」
台風が接近しているというのにバイクで出掛けようとする友人を見かね、一晩家に泊めた時、友人は吐き捨てるように家に帰らなくなった理由を話した。
「横山の家はいいよな。みんな仲良くて。俺も、横山の家の子で生まれたかった」
そんなことを言われた所で、当然、真一に掛ける言葉が見付かるはずがない。
どんな言葉を言ってやれば、こいつの気持ちは少しでも軽くなるんだろうか。考えたが、黙っている真一に「大事にしろよ」と言った友人の顔を見て、そんな言葉など無いのだと分かった。
同時に、結婚や家族を持つことが、必ずしも幸せに繋がるわけではないと、そう思った。
しかし、そんな友人も既に結婚し、一児の父親となっている。
家族なんて、と荒れていた時期が嘘のように、結婚した友人は丸くなり、優しくなり、そして妻との間に出来た子どもを周りが親バカだとからかうほどには可愛がっている。子どもの成長と共に、父親の顔になっていっていた。
「あの時は尖ってた」と、当時のことを笑って口にし、殺したいとまで言った父親に対する恨みは変わらず持っていながらも、「だから自分の家族は大事にしたい」と真剣に話すのだ。
結婚や家族を持つということが、必ずしもその先の幸せを決定付けているわけではないかもしれないが、しかし人はそれだけで変わることができ、そして幸せになろうと奮起するのだと、友人を見ながら真一は思う。
そして、恋人である平助のことを考える。
結婚も子どもを作ることも出来ない自分といるよりも、結婚も出来れば子どもを作ることも出来る女性といた方が、平助が幸せになる可能性がグッと上がるのではないかと。
そう考えた所で、次に足立美奈子の姿が浮かぶ。
平助は美奈子になついているだけでなく、美奈子を特別視している。美奈子も美奈子で、平助のことをよく分かっている。
二人を隣同士に並べると、その姿はとてもしっくりくる。似合っている。
そして真一は思うのだ。
これが正しい、幸せの形なんだと。
しかしそう分かりながらも、平助と別れることが出来ないのは、自分の隣から平助が居なくなることが、どうしても耐えられないからだ。
隣に居て欲しい。
美奈子でも誰でもなく、自分の隣に居て欲しい。
幸せにしてやりたい。
一緒に、幸せになりたい。
そこで考える。
平助の幸せとは、なんだろうか。
平助は、何を幸せとしているんだろうか。
「……お前にとって、大切なものって何だ?」 と尋ねた時、平助は「真ちゃん」と即答した。
大切なものと、幸せは、イコールで繋ぐことは出来るんだろうか。
そんな方程式があれば、こんなに悩むことはないのに。
[2]
ホストを辞めてから暫くの間、平助は長年の生活リズムが抜けず、昼夜逆転に近い生活を送っていた。
しかしそれは真一の想定範囲内のことであり、仕方がないことだろうと特にそのことを注意することはなかったが、また暫くすると、いつの間にか平助は真一と同じ生活リズムになっていた。
こんな短期間で長年の生活リズムが変わるわけがないのだが、変わったのだから、おそらく平助の順応性は他の人よりも著しく高いのだろう。
高校を中退せずに、そのまま大学に進学していれば、もしかすると今頃凄い人間になっていたのではないだろうかと、真一は平助を見ながら本気で思う。
しかし、平助は高校を中退し、そのままホストとして生きてきたのが現実だ。求職者となってしまった中卒の平助に対し、いくら平助の潜在能力が高いとしても、社会は冷たかった。ハローワークにも通っているらしいが、なかなか次の仕事が見付からない。
見付からないが、平助に焦りが見えないのは、暫くの間であれば金の心配はないと言っていたからだろうか。しかし、定期的ではないにしろ、友人が経営する飲み屋やバーの手伝いにも行っている所から、焦りはなくとも本心は早く働きたいのだろうと察し、真一は敢えてそこに触れなかった。
何よりも、ホストを辞めて家にいる平助は、一段と家のことをやってくれるようになった。
料理だけではなく、掃除や洗濯、ゴミ出しなど、そのほとんどが平助の性格上適当ではあっても、やってくれている。そしてそれを鼻にかけない。
ホスト時代、客である女の家や友人の家を転々と出来たのは、このお陰なのかもしれない。結局のところ、ネットカフェが一番快適だったと本人は話していたが。
今や平助は自分のことをニートと言う時があるが、真一から言わせてみれば立派な専業主夫だ。自宅警備員などではない。
そして平助がホストを辞めてからというもの、真一が一人でベッドに入ることも、平助が寝ている真一のベッドに侵入してくることも少なくなった。
しかし隣で寝息を立てる平助は、やはり掛け布団を頭までかぶっており、姿が見えない。
頭があるだろう部分を触れば、膨らんだ布団は身動ぎし、「……真ちゃん、起きたの?」と中から尋ねてくる、布団お化けも健在だ。
「起きる。お前も起きるか?」
「………………起きる」
「俺、シャワー浴びてくるから」
「……待って。真ちゃん、待って」
そう言いながら、掛け布団の膨らみから白い腕が伸ばされる。
それが真一の腕を掴むのを合図に、真一は平助の頭があるだろう部分に顔を近付けた。
掛け布団をめくり、平助の顔が出た所で、その唇に唇をおとす。
平助の口元が緩むのを確認した後、真一はその頭を乱暴に撫でると、ベッドを出て風呂場に向かうのだ。
後ろでベッドから這い出た平助が、何もない所でつまずく音が聞こえた。
出勤日の朝が始まる。
相も変わらず、シャワーを浴び終わった真一は、平助が朝食が並べるまで新聞に目を通す。そしてだいたい読めた時には既にテーブルに朝食が並べられていた。
平助の分もだ。
以前はほとんど朝食を取らなかった平助も、今となっては毎朝真一と共に朝食を取る。
あのマヨネーズがけの玉子焼きも、結構な頻度で朝食に出されるようになっているのだが、これに対しては相も変わらず真一が腑に落ちない顔をするため、それが見たいがために平助が定期的に作っているように思えてならない。
マヨネーズがけの玉子焼きを頬張りながら、平助は「今日も雨だね」と、窓ガラスについている水滴と共に空を眺めながら言った。
今年ももう、梅雨が来ていた。
「はい、傘~」
「おー、ありがとう」
「こうも雨が続くと、嫌になっちゃうね~」
「まぁなぁ」
日本に住んでいる限り、この季節から免れることはできないのだが、こうも連日雨が続くと、どうにも愚痴っぽくなる。
玄関まで見送りに来た平助から傘を受けとると、真一は「いってきます」とドアノブに手を掛けた。しかしそれは後ろから服を引っ張る平助の腕に止められる。
「待って。真ちゃん、待って~」
ベッドから出ようとした時と同じ台詞で、平助は真一を呼び止めた。
振り返ると、すかさず平助からキスをされる。
「いってらっしゃ~い。気を付けてね~」
そして上機嫌に微笑む平助から、真一は会社へと送り出されるのだ。
真一の母が来たあの日からというもの、こんな朝が続いている。
あれから平助は、何かにつけて真一を呼び止め、キスをねだったり、自らキスをしてくるようになった。真一も真一で、そんな平助を拒みはせずに、求められるがままにキスをし、そしてされるがままにキスを受け止めている。
二人の関係が変わったわけではない。
しかしあの日から、徐々に何かが変わりだしているということに、真一も気が付いている。
平助が何を考えているのかは分からないが、真一はここの所、ずっとあることを考えていた。
しかし考えているだけで、平助には何も話していない。
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